泣き始めた空にどこからか聞こえる雄叫び。始まったのだと、和泉はすぐさま悟った。

「こちらも、始めるとしましょう」

長い髪を揺らして、ヒールを高く鳴らして、和泉は目的の場所へ向かった。こんな馬鹿げた戦争を終わらせるために。


▼△▼△▼△▼△


数が多いというのはわかっていた。だがこれは予想以上だった。一人ひとりの力は大したことはない。しかし数で押し切られそうな状況、さらにはその中の腕のいい者達が確実に仲間を倒している状況にジャックは苦虫を噛み殺したような表情をこぼした。

ーーこれじゃ埒が明かない

目の前の軍人を蹴りつけてやる。蹴られた拍子に手放した剣を奪い取り、斬りつける。そのまま振り向きざまに剣を投げつけて敵の胸に命中させた。
流れるかのような動きだったが、それでも敵が減ることはない。増えているのではと錯覚さえした。

ーー一気に減らすか

ざっと大きく後ずさって波が届く場所へ。足元が水に浸かった。その瞬間、ゴゴゴとまるで地響きのような音が響き渡った。
波だ。
巨大な波がジャックを中心に左右に別れ、こちらに迫ってきているのだ。これには軍人達も開いた口が塞がらない。

「はい皆さんさよーなら!」

笑いながら手を振りかぶって勢い良く振り下ろした。大きな波が襲ってくる。軍人たちが慌てて逃げ出そうとするがもう遅かった。波はすぐそこまで迫っている。ああ、飲み込まれる。そう思った瞬間だった。

「丁度いい」
「あ?」

どこからともなく飛んできた水色の凍てつく光線が波に当たった。そして光線が当たったところから見る見るうちに凍っていく。ついには波全体が凍りついてしまった。冷たい冷気がその場を覆った。

「あー!!!!海鈴お前!!何すんだよ!!」
「蒼刃」
「よし、任せろ」

ジャックの騒ぎ立てる声をすべて無視して、海鈴が近くにいた蒼刃に声をかけた。蒼刃は笑い、持っていた槍の柄のさきを地面についた。その瞬間、地面が一度大きく揺れた。
揺れはその場に一気に広がり、皆が立っていられないくらいになった。するとどうだ。さきほど海鈴が凍らした氷に亀裂が走った。強い揺れに耐えかねた氷の礫(つぶて)が、バラバラに砕けて地面にいた者たちを襲った。敵味方関係ない無差別な攻撃だ。しかし、海賊たちはこの事を予期していたのか既に礫が届かない位置に移動していた。つまり攻撃を受けるのは軍人たちのみとなっていた。

「なんつー無茶な攻撃だよ!」

天から降ってくる氷の礫を避けながら、遥彼が舌打ちを打った。多くの軍人は氷の礫の下敷きになっている。

ーーくそっ、考えたな

先程の津波であれば、自分達水タイプは泳ぐこともできたし、それによって傷を回復できるものもいただろう。だが氷の礫となれば回復も不可能、避けることしか出来ないのだ。
無駄に考えが回りやがってと遥彼はもう一度舌打ちを打った。

「かんっがえらんねぇ!俺の波乗り利用するとかホント何なのお前ら!」
「そう喚くなよ」
「俺の!自慢の!波乗り!」
「キャー、ジャックさんの波乗り利用できて嬉しいですー」
「蒼刃ぶっ殺す!!」

余裕げに会話をする船長三人だったが、内心では焦りも生じていた。今の攻撃でかなりの人数は減っただろう。しかし変わらず敵は圧倒的に多い。
精鋭揃いとはいえ仲間は傷だらけだ。どれだけ相手を倒そうと、終わる気配がしなかった。
雨は激しさを増す。地面はぬかるみ、踏ん張ることが出来ない。状況は不利、まさに負け戦というやつだ。それでも引くわけには行かなかった。海賊も、軍も。

「!?」

突如襲いかかってきた斬撃をジャックは咄嗟に避けた。すぐさま蒼刃が槍で攻撃するも、相手はひらりと躱して少し離れた位置に降り立った。ひらりと、緑の髪が揺れる。

「…見つけた」

ぼそりとした声は小さく、しかし、ジャックにははっきりと聞こえた。眉根を下げてこちらを見据える青年を赤い瞳に映す。

「お前には見つかりたくなかったな、エスト」

エストハイムは何も答えず、剣を構えた。ジャックも近くに落ちていた剣を手にする。びっと一度大きく振ってから、獲物を捉えた鯱は自分も驚くほど低い声を出した。

「こいつは俺が殺る」

蒼刃と海鈴はそんな彼の言葉に小さく頷いた。手を出そうものならこちらもただではすまないだろう。いつも馬鹿なことばかりしているが、やはり鯱の異名は伊達ではないのだ。

「ずっと思っていた。この戦争は夢なのではないかと」

静かに話し始めたエストハイムをジャックは見つめた。離れていてもわかる。彼が震えていることくらい。今すぐ抱きしめてやりたかった。踏み出しそうになった足を必死で押し留める。

「最初はなにかの間違いだと思った。これはきっと夢なのだと。けれど、エレオノーレ准将が亡くなってやっと確信した。これは現実だと」

紛れもない現実だとつきつけられた。あの人の死はそれくらい衝撃的だった。甘い考えは全て打ち消され、エストハイムはいまここに立っていた。

「あなたと戦うこと、あなたを殺すこと。それがこの残酷な現実に落とされた僕が出来る唯一のことだ」
「…そっか」

剣を構え直したエストハイムの瞳には、迷いが消えていた。ただ真っ直ぐに敵であるジャックを睨みつける。そんな彼にジャックは心なしか安心していた。

ーーもしお前が迷ったままでいたなら、俺はお前を殺せなかっただろう。

もしエストハイムが震えたままでいたなら、ジャックはきっと抱きしめていただろう。出来ることならばエストハイムを連れてこの場を逃げ出そうとも考えただろう。
だが、彼はそこまで弱くはなかった。

「全力で来い、エスト…いや、エストハイム少佐」
「せめて僕の手で地獄に送ってやる、紅海の鯱」

二人の剣が交差し、火花が散った。



△▼△▼△▼△▼△▼△

「なぜあたし達を助けるの」

目の前を走る黒い髪の女にアイリーンは疑いの声を投げた。後ろからはレオが霧牙を背負ってついてきている。
女ーーノクティは振り返らずに答えた。

「全ての元凶は私(わたくし)なのです」
「はあ?」

斜め上を行った回答にアイリーンは片眉を上げた。
この女の行動は全く予測できなかった。先程、自分はこの女に殺されかけたのだ。だが生かされた。何故か止めは刺さず、あと数センチという所で武器を止めたのだ。そしてついて来いと言われ、アイリーンたちは今地下水路を横切っていた。

「あなた方は人体実験という言葉をご存知?」
「じんたい実験…ッスか?」

首を傾げたレオに背負られている霧牙が苦い顔をした。

「読んで字の如く、だよ。人を実験することだ」
「え!?そんな酷いことがあるんスか!?」

驚きの声を上げたレオとは対照的で、アイリーンは黙ってノクティの背中を見つめた。なぜ今その言葉を放つのか、その意志を汲み取るためだ。
ノクティはまた振り向かずに答えた。

「…遥か昔、軍はその人体実験を行っていましたわ。今は禁止になっています、ですが軍はまた実験を始めるつもりなのです」
「それが何だって言うのよ」

なかなか真意を見せない女にアイリーンは舌打ちした。
と、ノクティが立ち止まった。道はまだ続いている。思わず剣を構えたアイリーンの目に悲しげに微笑むノクティの表情が映った。

「それはーーー」

言葉は続かなかった。
突然ノクティの腹から刃が現れたのだ。いや、貫かれたのだ。鮮血がその場に舞う。刃はそのままノクティの腹を横に切り裂いていった。
倒れたノクティにアイリーンは驚き動けないでいた。どくどくと彼女の体からは絶えず血が流れ出る。
倒れた彼女の後ろに立っていたのは、軍人の青年ーーハルトマン大尉だった。


(血(あめ)は流れる)


血戦戦争14




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