不安げに空を見上げた。ポツポツと振り始めていた空は今やザアザアと泣いている。体にたたきつけられる雨も気にせず、私は小さくため息をついた。
船長も、副船長も、彼も。今は別のところで戦っている。私は戦うことができないのでこうやって待機船に乗っていた。副船長たちの船が無事敵陣を潰した時に、海岸で戦っている船長たちを迎えに行く役目が私達の仕事だ。
だから、今はこうして待つことしかできない。岩陰に隠れて、じっと副船長がいる船から閃光弾が上がるのを待つ。

「心配、っすよね」

声をかけられて振り返った。そこに居たのはいつもの笑顔ながらどこか不安げな表情のフィリップくんだ。フィリップくんは私と同じ見習いだからこの船に乗っていた。向こうではリナルドくんが武器であろうナイフを磨いていた。いつもの可愛い雰囲気が今やない。それほど、この船には緊張感で一杯だ。声をかけてきたフィリップくんをみれば、さっきの私のように泣いている空を見上げていた。

「ごめんね、心配なのはフィリップくんたちもなのに」
「お互い様ってやつっすよ。確かに俺も副船長たちのこと心配っすけど…」

そこまで言ってから、フィリップくんがはっと顔を私に向けた。

「あっ、ごめんっす…俺の話し方、レオと一緒でーー」
「いいの。気にしないで」

笑顔で返す。確かに少しレオくんのこと思い出してーーしかも最悪の展開を思い浮かべてしまったけれど、それでフィリップくんを責めるのはお門違いだ。それに、彼とは約束したから。

「絶対生きて帰ってくるって、レオくんと約束したの。彼は私との約束を破ったことないんだよ。だから、彼はきっと大丈夫」

まるで言い聞かせるようだった。フィリップくんにではなく自分に。

「船長も、副船長も、レオくんも。みんなきっと生きて帰ってくる。私は戦えないから…だからせめて信じようと思うんだ。それしか出来ないけど、それなら出来るから」

笑ったつもりが、多分笑いきれてなかったと思う。フィリップくんが不安げに私を見つめているのがわかった。でも視線を向けれなかった。ただ足元を眺めて必死に祈る。
ふと、頭に当たっていた雨粒が消えた。雨がやんだわけではない。顔を上げれば無表情のまま、アクアさんが立っていた。長い袖で私を雨から守ってくれている。お礼を言おうとした時、アクアさんが遠くの空を見上げて呟いた。

「はじまった」

それが何を意味するか。そんなの分かりきっていた。はじまった。その一言で一気に緊張感が増す。

「信じていれば、救われる」

ボソリと、アクアさんが呟いた気がした。
どうか、どうか皆が生きて帰ってきますようにーー

ーーレオくん


△▼△▼△▼△▼△

ふと声が聞こえた気がした。振り返るも誰もいない。当たり前だ。ここは敵の本拠地なのだから。見つからないようこっそりひっそりと進んでいたのだ。自分の名前を呼ぶとしたら目の前を進む姉だけなのだ。聞こえた声はひどく聞き覚えのあるものでーーそう、彼女の声だ。

「ちょっとレオ、何突っ立ってんのよ」
「今、ソフィアの声が聞こえた気が…」
「はあ?んなわけ無いでしょ。ほら、さっさと行くわよ」

姉に怒られれば従うしかない。聞こえた気がした彼女の声はきっと気のせいだろう。先へ進むアイリーンの背を急いで追いかけた。
真っ暗な地下の道を進んでいく。気をつけなければ足音が響いてすぐにでもバレてしまうだろう。注意深く、それでいて素早く奥へ奥へと進んでいった。
先に仄かな明かりを見つけた。そして一つの施錠された扉。固く閉ざされたこの部屋は、恐らく拷問部屋。お目当ての部屋であろう扉を見てレオが小声で、しかしながら興奮した声を出した。

「すげぇッス!ほんとに地下にあったッス!」
「うっさい馬鹿!」

ごっと勢い良く頭に拳が降ってきた。理不尽ッス…と涙目で講義するもアイリーンは無視だ。

「拷問部屋とか牢屋とかなんて地下で奥の部屋って相場が決まってるのよ。ほら、さっさと鍵あけて」
「ッス…」

アイリーンに急かされて、レオはズボンにつけた小さなバッグからピッキング用の針金を取り出した。手先が器用に育った三男の特技だ。
ものの数秒で鍵を開けて、中へと滑り込むようにして入った。続けて入ってきたアイリーンが、眉間にシワを寄せる。それに気がついたレオが頭に疑問符を浮かべた。

「どうしたんッスか?」
「おかしいと思わない?警備が手薄すぎる」

ここにくるまでも、何度と見つかりそうになったのだ。それがどうだ。地下に入ってからというもの警備が手薄で簡単にやってこれた。捕虜がいて、さらにはそれを助けようと来たのであろう侵入者がいるのだから地下こそ警備が厳しいかと思ったのに。

「誰か…いるのかい」
「!!」

聞こえたか細い声に緊張感が増した。が、声の主を見た瞬間、二人は肩の力を抜く。探していた人物ーー鯨の仲間、副船長の霧牙だ。霧牙は二人の姿を見るや、驚きに目を見開いた。なんで、とでも言いたげは視線にアイリーンが肩をすくめた。

「助けに来たのよ、副船長さんを。レオ」
「あいッス!」

レオが霧牙の手首を戒めていた手錠をいじる。その間、アイリーンは現在の状況を霧牙に伝えた。外のこと、自分たちの作戦、そして仲間が心配していたこと。それを聞いて霧牙が“そうか”と安堵の息を漏らした。
走行している間に、レオが霧牙の拘束を外していた。酷い拷問を受けたのだろう。うまく力を使えないようだ。そんな彼をレオが軽々と背負った。驚いたように霧牙は目を点にさせる。

「ち、力持ちだね」
「それくらいが取り柄だものね」
「えっ!?アイリーン姉酷いッス!!」

アイリーンの馬鹿にしたような言葉にレオが素早く反応した。敵の陣地の中だというのに、まったく態度を変えない二人に霧牙はついつい吹き出してしまった。小さく笑う彼に場の雰囲気が一気に和む。先程までの緊張感はなかった。

「なんともお気楽ですこと」

聞こえた第三者の声に、アイリーンは聞き覚えがあった。憎たらしい話し方に妙に透き通ったこの声はあの時の女のものだ。武器を構えて振り返れば、案の定、そこにはあの女ーーノクターン・レディが立っていた。

「お前っ…」
「捕虜をそう簡単に逃がすと思ってますの?」

ゆっくりと持っていた傘をレオが背負う霧牙へと向ける。それを庇うかのようにアイリーンが前へ出た。双剣を構えて相手を睨みつける。そんな彼女の様子にノクティは楽しげに微笑んだ。

「あら…私(わたくし)と戦いますの?おすすめしませんわ」
「あんたには借りがあるからね。ここできっちり返してあげるわよ!」

先に動いたのはアイリーンだった。双剣の片方を真っ直ぐノクティへと突き出す。ノクティはそれをさらりと蝶のように舞ってかわした。しかしそれは予測済みだ。もう片方の剣でノクティを襲う。

「!」

襲って、そして地面に倒れているのは目の前の女のはずだった。なんで、とアイリーンが呟く。視界に広がるのは天井だった。そこにぬっとノクティの顔が入っていくる。酷く優しい微笑みを零すノクティに、アイリーンは背筋に寒気が走るのがわかった。

「言ったでしょう?おすすめはしない、と。私と貴女では経験の差というものがありますのよ」

すっと、ノクティが持っていた傘を振り上げた。以前目の当たりにしたその傘の脅威は誰よりも知っているアイリーンだ。来るであろう衝撃に目を閉じた。遠くでレオが名前を叫んでいる。あんたは先に逃げなさいと心の中で叫んだ。

「では、さようなら」

ひゅんっ。
風を切る音が、アイリーンの耳に届いた。


(逃げた先の悪魔)


血戦戦争12




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