硝煙を上げる大砲に足をつけて、狙った場所を確認する。ここからでは当たったか外れたか、肉眼では詳しくわからない。
同じく甲板に出ていた望遠鏡を持ったシルヴィオに声をかけた。

「どうだ?」
「さすがフィーネ副船長!命中です」

シルヴィオの言葉に満足げに返事をする。これで俺達の仕事がひとつ終わった。混乱に乗じてアイリーン達が上手いこと副船長さんを救出してくれたらいいが。そこまで考えていた時、馴れ馴れしく俺の肩に腕が回った。
回してきた男はクリーミネ海賊団の、確かシェーヌ。

「でもさぁ、大丈夫なのか?」
「何が。つーか離せ。うざい」

冷たくあしらうと“つれねぇな”と笑いながら離れていく。うるせぇと返事すれば、そいつは楽しげに笑った。気に入らない。

「あのお嬢ちゃんと坊主だけで大丈夫なのかって」
「それは俺も思いましたー」

シェーヌの言葉に同調するかのようにして、マフラー姿の少年が近寄ってきた。
確か、まだ見習いの大輔だったか。俺は蒼刃ほど記憶力もないし人付き合いも好きではないためにイマイチ他海賊団の船員がわからない。
こいつを覚えられたのはきっと暑いというのにマフラーを決して離さないのが印象的だったからだろう。

「うちの副船長を助けるためなのに、他の海賊団の船員だけってのがー、申し訳ないというかー、むず痒いというかー」
「それもあるけどさ、場所だよ場所。今は少ないとはいえ、敵の本拠地にたった二人ってのはーー」
「そっちの方がいいんだよ」

シェーヌの言葉を切って声を割り込ませた。なんでですかー、と間延びしただがどこか不満げな顔を見せた大輔と、疑問符を頭に浮かべるシェーヌ。
静かに様子を見ていたシルヴィオに仕事に戻るよう声をかけ、二人に説明する。

「確かに彼処は敵の本拠地だ。普通なら大人数で行くべきだろうな。だけどそれじゃあ完全にこっちの手が足りなくなる。そこで、だ。成るべく派手に、壁に砲弾をぶち込む。敵は大人数で攻めてきたと勘違いして皆こぞって砲弾をぶち込んだ入り口に集まってくる。じゃあどうだ」

内部は人が少なくなるし、例え人が数人残っていたとしても身長が低く細みの二人なら上手く隠れられる。それが三人以上となれば動きにムラが出てすぐに見つかるだろう。

「だから少数、しかも細みで身長の低い二人に任せた。あんた等の気持ちはわかる。だが個々の戦闘力の高いあんた等を向こうに割くのは賢くないーーわかるだろ?」

肩をすくめながら言えば、暫時沈黙が広がる。今更、あいつ等に帰ってこいなんて言えない。今更、こちらから増援を出すことなんて出来ない。
もう引き返せない。この作戦は何としてでも成功させなきゃならないんだ。
俺の意志が通じたのか、二人はまだ納得していなさそうな顔をしながらもそれ以上何も言うことはなかった。
悪いな、心の中でつぶやく。
すぐに気を取り直したシェーヌが大輔に声をかけてその場を離れていった。自分の持ち場に戻るのだろう。
離れていった二人を見送って、自分も持ち場に戻ろうとした時だ。

「うわっ」

突然誰かに頭を撫で回された。手を振り払って後ろを見れば、少し心配げな表情をした男。セシルだ。
何も言ってこず、また頭を撫でようとしてきた手を叩き落とす。

「…なんだよ」
「…いや、一人で抱え込むなよって言いたくて」

別に、と言いかけて言葉に詰まってしまった。
こいつと居ると本当に調子が狂うな。
乱れたバンダナを戻しながらぼそりと返した。目は、見れなかった。

「…別に。抱え込んでなんかねぇよ」
「嘘だ。兄貴と弟妹が別の戦場にいるんだ。辛いに決まってる」
「……、そういうお前だって辛いだろ。船長は海岸、あの可愛いお嬢さんは待機船だ」

そうだ。仲間が離れた場所で戦っているのは俺だけじゃない。
海岸の激戦区。突破口を作る為の俺達がいるこの2隻の船。突破した時に激戦区の奴らを迎えに行く為の待機船。
仲間がそれぞれの場所で戦ってるのは、俺だけじゃない。

「戦場にいるんだ。辛いのなんの言ってる暇なんてねぇよ。俺の仕事はあいつ等が帰ってこれる場所を切り開くこと。大砲ぶっ放して、あの海軍共を沈めることだ」

拳を強く握って、今度はちゃんとしっかりとセシルの目を見て言った。赤い瞳が俺の真意を見抜くかのように向けられる。暫くの沈黙の末、小さくセシルがため息をついた。わかったよ、吐き出されたのは諦めとも思える言葉だ。
そう、諦めてもらわなきゃ困る。俺は今なんと言われようと甘えたりしない。あいつ等だって頑張ってるんだ、俺一人甘えてちゃ格好がつかないだろう?

「なら、俺は全力でお前を支え、そして守るよ」

そんな恥ずかしいセリフをさらりと言う。ああくそっ!今自分の顔が赤いってわかってしまうのが悔しい。自分の発言がいかに恥ずかしいものか分かったのか、セシルもぼっと顔を赤めた。自滅しやがって馬鹿野郎。

「さ、鮫とジャックに頼まれたんだよ!お前を頼むって!」

必死の言い訳も、顔が真っ赤であまり説得力がない。でも、まぁその気持ちは嬉しいかな。セシルのあまりの必死さにくすりと喉で笑って少し高いところにある肩を叩く。

「ありがとな」

礼を言えば少し驚いた表情をしつつ、すぐに笑う。
こいつが隣にいるだけで、幾分か肩の荷が降りた気がした。ほんと、不思議な男だ。
そうだ、俺だって腹を括らないと。見えてきた海軍の船を見て深呼吸を一つ。

「ーー俺も、覚悟を決めないとな」

小さな俺のつぶやきはセシルには届かなかったようだ。それでいい。この覚悟は他の誰でもない“俺達”の覚悟だ。

「行こう」

目の前に迫った軍の船に挑む。たったの二隻だが、それでも鬱(しけ)ってきたこの海の上で負ける気はしない。操舵の腕には自信がある。やばい時はどんな嵐の中だって船員を守り抜いてやる。

「副船長…奴さんのボス、あいつだぜ」

部下に言われ相手の船を見やる。そこには見覚えのある青い髪。降ってきた雨に目を細めながらこちらを見やる男。海軍の名高い軍師ーーアサギ。

「怯むな。いくら名高い軍師様だろうが下がなってなきゃ意味がねぇ。お前らには期待してるぜ」

ニヤリと笑って言えば上がる男どもの雄叫び。空へと向かって掲げられる刀。好戦的な笑顔を浮かべるシェーヌ達。
数は圧倒的に不利。でもだからと言って負け戦をするつもりは無い。やるからには勝つ気で行く。雄叫びをあげる部下に向かって、ありったけの声で叫んだ。

「風はこちらの味方だ!旗を掲げろ!!!」

激しくなっていく雨の中、黒い旗が風に揺られながら空へと掲げられた。
髑髏のマーク。“ジョリーロジャー”。俺達の自由の象徴だ。隣の船でもまた、俺達に習ってジョリーロジャーが掲げられた。
さぁ、やってやろうじゃねぇか。海賊から自由を奪ったこと、後悔させてやろう。
どこか遠くから聞こえてきた雄叫びを背に、俺は挨拶代わりに大砲をぶっ放してやった。


(ヨーホー!旗を掲げろ!)


血戦戦争11




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