さようなら、
そう言って竜斗はいきなり俺に向かってくないを投げつけてきた。間一髪でそれを避けるものの、何故こいつがこんなことをしてくるのかが理解できなかった。
「何のつもりだ、竜斗」
「見てわからない? 謀反だよ」
しれっと言ってのける竜斗の表情は何時もと変わらないで。言っていることもやっていることも謀反であるとわかる。わかるのだが、
「俺が、聞きたいのは!何でお前が謀反を起こしたのかだよ!」
噛みつくように、地面を思いっきり蹴りつけて竜斗に怒鳴ってやる。すると竜斗はふっと笑った。諦めたかのような、哀しいような、そんな笑顔。俺は胸が締め付けられるのがわかった。
だって、竜斗が言った。
「この国はもう終わるから」
あぁ、そうだろう。お前が俺を殺したらこの国の主君は消える。国は混乱してやがて荒れ果てて終わりを迎える。そうしようとしているのはお前自身だと何故わからないんだ。お前はそんなに頭が悪くはなかったはずなのに。
「この国は終わる。あの流行病のせいで」
流行病。
確かに今この国には流行病が蔓延している。だからなんだ。みんな戦ってるじゃないか。俺も、みんな病と戦ってるんだ。
「民は病に冒されて、城主だってその病に冒されて。主には見えないの?この国が廃れていく姿が!死んでいく人々が!」
「見えてるさ。見えているからこそあれこれ対処してるんだろうが」
「もう遅いよ。もう元には戻らない」
「竜斗、遅くなんかない。みんなで力を合わせて病に打ち勝ったら絶対、元通りになれる!」
必死に竜斗を言い聞かせる。
そうだ、大丈夫なんだよ。大丈夫、大丈夫。竜斗に言い聞かせているつもりが、まるでそれは自分を励ますかのように俺は心の中で囁き続けた。
「俺は、もう見てられないよ。みんなが死んでいく姿なんて」
竜斗が静かに顔を伏せた。
竜斗だけは病にはかからなかった。理由は簡単だ。こいつは病だとか毒だとかの免疫力が人並み以上だからだ。それでも、精神面はまだまだ弱かったようだ。俺や他のみんなが病に苦しむ姿が目に堪えたらしい。
「俺が、終わらせる」
ぼそりと呟く声が聞こえた。
「!!」
竜斗が地を蹴ってこちらに向かってきた。それから、目にも見えない速さでくないを抜き取り確実に俺の喉元を狙ってつきだしてくる。
俺はとっさに腰に差していた刀を抜刀してそれを受け止める。
「俺がこの国を終わらせる!みんなを苦しめる病ごと終わらしてやる!」
「くっ……!」
すごい力で圧してくる竜斗。普段の力勝負なら俺の方が圧倒的だ。それが、病のせいで衰えた筋力のせいで力が出せない。俺が、押されている。
なんとかくないをさばいて、竜斗と距離を取った。あのくないにかすり傷一つ負わされるだけでも終わりだ。くないに塗りつけられた毒が体に回って一瞬で死に至る。
「血迷ったか竜斗!それはこの国の民全員を殺すと言うことになるんだぞ!」
「そのつもりだよ」
「みんな必死で戦ってるんだ。それを邪魔する挙げ句みんなを殺すだと?ふざけるのもほどほどにしろよッッ!」
刀を鞘に納めてから、右足を前に出す。得意である居合い切りの体制になってから、俺は竜斗を睨みつけてやった。
「お前がこの国を終わらせる気なら、俺はこの国の主としてお前を討つ」
「うん」
また諦めたかのような、それでいて哀しいような表情を竜斗が浮かべた。
何なんだよ、一体。竜斗、お前は何を思ってるんだよ。
ーー俺には、きっと勝ち目はない
全力で闘うつもりだ。竜斗の弱点もみんな知っている。それでも、俺に勝ち目なんてない。
……竜斗、だから俺はお前とーー
「月影家当主、月影朔夜、参る」
気がつけば、空は雨雲で覆われていた。
ーーーーーーーーーー
降り出した雨に濡らされて、主の体がより冷たくなっていった。主を抱えて、彼が一番好きだった場所を目指す。ぼとりぼとりと俺から血が落ちていくけど気にしない。雨が流してくれるし、土が吸い取ってくれるから、跡は残らないだろう。
やはり、主は強かった。俺の弱点を積極的に攻め込んでくるし、力が出なくても彼には技術と月影一族特有の居合い切りの速さがある。片腕は落とされた。主は敵を前にしたら容赦ない。吹き出す血にも目をくれず次の攻撃に移す切り替えの早さは目に見張るものがあった。
そんな主に勝てた理由は、皮肉にも病にかかっているか否かだった。途中、主が発作を起こしたのだ。苦しむ主の腕に足に腹に胸に、くないを突き刺した。それでも刀を振るった主は天晴れだ。やがて毒が回って、主は膝をついた。主の綺麗な赤と青の瞳がかすんでいく様を俺は静かに見ていた。綺麗な二つはやがて、まぶたに隠れて見えなくなった。主は死んだ。悲しそうに俺の名前を呼びながら。
「ついたよ、主」
丘の上に主をそっと横たえてやる。まるで眠ってるかのように、主の顔は穏やかだった。
この丘からは、国の全てを見下ろせる。その国も今は俺が巻いた毒で″終わって″しまっているんだろうけど。
「ゴホッ、」
咳き込むと同時に、血が口から零れ落ちた。やっと、毒が俺にも効いてきたみたいだ。すっ、と主の隣に体を寝かせる。不思議とどこも痛くはない。それに、苦しさも雨に濡らされているのに冷たさも感じなかった。
「あるじ……」
ねえ、あなたは怒るかな?
怒って怒って、笑いながら許してくれる?
許されないことは、許されちゃいけないことはわかってるんだよ。
でも、あなたは、みんなは優しいからきっと俺を咎めたりはしないんだろうな。
″ごめんなさい″って謝る俺を抱きしめてくれるかな?
「すき、だよ………」
好きだよ主。
好きだよみんな。
ごめん、本当に、ごめんね。
ねぇ主、また、また俺とーーー
*******
「すまなかった……」
冷たくなった朔夜と竜斗を抱きしめた。
国のみんなも弟も彼も、みんなみんな辛かったはずだ。
私が、私がもっと早くに気がついていれば
、彼らは助かったはずだった。
「すまない……」
雨に濡らされて体が冷えていく。
後日、国を彼らと共に焼いた。メラメラと燃え上がっていく炎。まず最初に焼いたのは城だった。焼かれていく私と弟が育った城。月影一族の終わりを表していた。帰りざまに家々を焼いて いく。国をでる頃に
もうすっかり辺りに火の手があがっていた。空を見上げる。生憎、快晴ではない。もうすぐ雨でも降りそうな天気だ。
「さようなら、」
小さく別れの言葉を紡いで、私は国を後にした。
すまなかった。
本当に。
助けてやれなかった。
それだけが悔やまれる。
だけど、どうか、これだけは許してください。
「何時の日にかーー」
もうすべてを忘れてしまった日に、笑いあってまた楽しく過ごそう。
「 」
(また会いましょう)
それぞれの、″また会いましょう″
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朔夜
「……竜斗、だから俺はお前と『また会いたい』」
また会って、竜斗が何を思っていたのか知りたい。いや、大抵はわかってるけど。
次会ったなら、俺は絶対にお前を置いていったりしないから。だから、泣いていいんだよ。
竜斗
「 ねぇ主、また、また俺と『会ってくれますか』」
俺は主を裏切ってしまったけど、主を傷つけて挙げ句殺して、国まで壊してしまったけれど。こんな俺でも会ってくれますか、受け止めてくれますか。
次に会ったなら、あなたの胸で、泣いてもいいのでしょうか。
夜宵
「 何時の日にか『また会いましょう』」
今度はちゃんと助けるから、約束するよ。もう君たちにばっかりつらい思いなんてさせないから。次は私が守るから。
だから安心して、また会おう。こんな冷たい君たちじゃなくて、暖かくて優しい君たちと。また、笑いあいましょう。また、楽しく過ごしましょう。
また、会いましょう。
また会いましょう
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