『あれがヘルクレス座、それからあっちがカシオペア座だ』

幼い頃の記憶。
オレはよく菊兄と夜外に出て星を見ていた。星に詳しい菊兄が満天に光る星を指差して、まだ幼かったオレに聞かせてくれた。
その星達の中で一際目立った、三つの星――

『きく兄、あの大きなさんかくけいは?』
『ん?あぁ、あれはな、上からデネブ、ベガ、アルタイルだよ』

昔のオレには難しかった。だから頭を捻ったら、菊兄は笑いながらオレの頭をわしゃわしゃした。

『葵にはまだ難しいかな。あれはな、夏の大三角形ともいって、悲しいお話があるんだよ』
『かなしいお話?』
『そう、それはーーー』






「彦星様、今年も会えないのかな」

片手でスケートボードのタイヤをいじくりながら、オレは小さく息を吐いた。
昔は菊兄から例のあの話を聞かされて、大泣きしたっけ。彦星様と織り姫様可哀想って。その日から、オレは七夕が近づいてくると必ずと言って良いほど、大量の照る照る坊主を作っていた。今日も言わずもがな、だ。

「抜け出して来たのになぁ………」

ゴロン、と屋根の上に寝転がると仄かに湿った空気が伝わってきた。それを肌で感じながら、分厚い雲のかかる空を見上げる。
真っ暗。
そこにあるはずの光はなく、ただ暗闇が続いていた。光ってるのはオレの金色の髪ぐらいかなぁ、そう思ったときだ。視界がいきなり明るくなった。

「あーおーいー………」
「うわっ!」

低い怒りが含まれた声に、オレは思わず飛び上がった。ばっと後ろを振り向けば、暗闇でも明るい金色の髪をした菊兄が不機嫌そうな顔とともに立っていた。

「今日は大人達の動きが怪しいから、あれ程外に出るなっつったのに……」

はぁと呟いて菊兄はオレの頭を小突いた。

この世界では大人は敵だった。俺たち子供を売り飛ばして金にする。大人は嫌いだ。菊兄を傷つけるから。菊兄はその敵と戦う機関の幹部だった。


「ごめんなさい……」

俯きがちにそう言うと、菊兄はため息をついて許してくれたのか、オレの隣に腰掛けた。いつも持ってる刀を脇において、オレにそっとアメちゃんを渡してきた。

「ありがとう」
「また来てるんだな」

菊兄が曇った空に目を向けた。うん、と小さく頷くと、菊兄はすっとオレの頭を撫でた。

「まったく、お前は優しいんだから」
「うん………、ねぇ菊兄?」
「ん?」

空を見ると、雲が少し雲が薄くなっていた。それでも見えることのない大三角形。オレは小さく息を吐いた。

「彦星様と織り姫様はいつ会えるのかな?」
「さぁなぁ……」

菊兄にはすっと空を見上げて、小さな声で呟いた。

「案外、もう会ってるのかもな」

え、と菊兄の方を見ると、菊兄は立ち上がって歩き始めた。
少し行ったところで立ち止まって、菊兄は行くぞと一言。うん、と頷いてオレは立ち上がり、菊兄を追いかけた。


「おっ」


菊兄が空を見て感嘆の声を上げた。振り返ってみれば、そこには満天の星に一際目立った、三つの光り輝く星。

「夏の、大三角形……」
「久しぶりにみたなぁ」

ははっと笑った菊兄にオレは思わず抱きついていた。おわっと菊兄がよろめいたが、それでもオレを受け止めてくれた。

「どうしたよ、葵?」
「あ、えたよ……!」
「え?ちょ、葵!?」

涙を流してるオレに、菊兄は焦った顔をする。どうした、と頭を撫でてくれる菊兄の手の暖かさが嬉しかった。

「あえ、たよ……、ひこぼし、様とおりひ、め様……!」
「!――あぁ……、そう、だな」

ほんと、お前は優しいなと撫でてくれる菊兄。オレはついに、声をあげて泣いていた。


星は今日も空を明るく照らしていた――――



夏の大三角




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