「もしもの話だよ」


俺達が出会わなかったらどうする?


そう問いかけるとアリスは表情を変えないまま、さらりと答えた。

「考えたこともないわ」

アリスらしい返答に、俺はついつい笑ってしまった。
そんな俺をじとりと睨んだアリスは、というかと言葉を続けた。


「今更、過去を思い出したくもないわ」
「過去じゃなくて"もしも"、だよ」
「"もしも"も過去も一緒よ」


肩をすくめたアリスに、俺は首を傾げた。
"もしも"は"もしも"で、過去は過去なのに何が一緒なんだろう?

「過去に遡って"もしも"の話をしているんでしょう?なら私にとっては一緒だわ」

あぁ、なるほど。
俺は納得したように頷いた。

「それに、私は"もしも"なんて言葉、嫌いなの」
「過去と一緒だから?」
「それもあるわ。だけど、違う」

あなたが必死に考えてくれたのに悪いけど、と言ったアリスは相変わらず手厳しい。まぁそこが好きなんだけどね。

「"もしも"は有りもしない物を妄想するための言い訳にすぎないわ。ただの現実逃避のための言い訳。現実(いま)を見ない愚か者の言う言葉よ。

私は現実(いま)を見る。だから、私は"もしも"が嫌いなの」
「ははは、アリスらしい答えだよ」

アリスのような現実主義者は果たして世界に何人いるんだろうか?
過去を悔やまないよう生きてきた、現実主義者なアリスの厳しい回答。

その時俺は好奇心をくすぶられた。

「ねぇアリス」

過去が"もしも"と一緒なら、未来も"もしも"と一緒だろう?
ならさ、

「俺とアリスの間に"もしも"子供が産ま――」
「あなたには私が、どこにでもにいる雌猫に見えているのかしら?なら残念ね、私はれっきとした人間よ。良い眼科を紹介するから行ってきなさいな」
「ははは、手厳しいなぁアリスは!まぁそこが好きなんだけどね」
「あら奇遇ね、私もあなたが好きよ。そうね、ゴキブリの次くらいにかしら」
「あははははは!!」


アリスの返答がいちいち面白くて、俺は腹を抱えてその場に倒れ込む。そんな俺を無視してアリスは自分の仕事に戻ってしまった。


一通り、笑い終わって涙を拭く。あぁ、腹が痛い。向こうで仕事するアリスに聞こえないくらいの声量で、俺は呟いた。

「"もしも"」

これが最後の"もしも"。

「"俺がアリスを幸せにできたら"」

どうかこの"もしも"が妄想で終わりませんように――

(もしもの話)



もしもの話




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