俺とセシルは少し前から交際をしている。
セシルっていうのは、紅海の鯱ことジャックの船の副船長だ。俺と同じ立場で同じ武器。さらに同じく評議員が嫌いってだけで意気投合。そこからいろいろあって付き合いはじめたわけだ。お互い立場的に下の奴らに示しがつかないってことで付き合っていることは隠していた。
でも、まぁそのなんだ。やるとこまでやってしまったわけで。
しかも俺の態度があからさまに現れ始めたらしく、もう隠し通すのは難しいと判断したのだ。
セシルと相談して、とりあえずお互いの船長には交際していることを伝えようという事になったわけだ。
そして、今、俺の目の前には船長である蒼刃がいる。くそほど汚いこいつの部屋に呼び出されたのだ。蒼刃はベッドに腰掛けて、俺は蒼刃の前に立って、かれこれ何時間(多分数分しか経ってないけど俺からしたら途方もない時間だ)、無言で見つめられているのだ。赤い双方の目が俺を貫いてくる。居たたまれなくなって視線を逸らしたところで、やっと蒼刃が沈黙を破った。

「俺に言わなきゃなんねぇこと、あるんだろ?」

目敏い。こいつは本当に目敏い。
言わなきゃ言わなきゃって気持ちにかられて数日間。その間、なるべく蒼刃と目を合わせないようにしていた。あの目に見られると決心が揺らいでしまいそうだったから。

「フィーネ」

静かに名前を呼ばれる。こういう時のこいつは本当に激しいくらいにプレッシャー与えてくるな。
でも、ちゃんと言わなきゃいけない。俺の考えを。俺達の気持ちを。
ぐっと拳を強く握って、蒼刃を見る。両目から離さず、俺はカラカラになった口をむりやり動かした。

「伝えなきゃいけない事がある」
「おう」
「セシルって、いるだろ?」
「あぁ、ジャックのところの猟犬だな」
「その…、セシルと俺ーー」

ここで一度言葉に詰まった。
蒼刃からは目を離さない。それを許さないかのような視線を送ってくるから、余計に離せない。
唾を飲み込んで覚悟を決める。

「俺とセシル、付き合ってるんだ」

言った。言えた。ちゃんと、船長の目を見て伝えることができた。
さあ、どう来るか。驚く?笑う?それともーー

「………知ってる」
「へ?」

思っても見なかった言葉を投げられ、俺は間抜けた声が出た。
今こいつはなんて言った?“知ってる”だって?

「あからさま過ぎるお前らの態度見てりゃあすぐに分かる。それに、気づかなかったのかい、お前の猟犬を見る目、明らかに他と違ってた」

まるで呆れたかのように肩をすくめて、船長ーー否、俺の兄貴は笑った。
って、俺はそんなにわかり易かったのか。セシルを見る目が他と違う?まったく、全く持って気が付かなかった。やばい、恥ずかしくて死にそうだ。
ふと、蒼刃が兄貴の面から船長の面へと変わった。

「兄貴としては祝ってやりてぇとこだがそうも行かねぇ。船長としては反対だ」

予想していた反応だった。でもやはり現実を叩きつけられればそれなりのショックを受けるものだ。

「仮にジャック達が敵に回った時、お前は戦えるのかい?お前に猟犬を殺せるか?殺すことができるのかい?
お前は、副船長なんだ。そういった時、副船長のお前が揺らいだら、それだけで船員の命を無駄にするかもしれないんだぞ。ーー自分の立場を理解してるのか、フィーネ副船長」

こいつは誰よりも船長だ。第一に船員のことを考えて、いくつも先を読んで、最悪の結果にならないよう最善の策を取る。
嫌味でいってるんじゃない。これも、船員のためーー強いては俺のためだ。俺が、後悔しないように。俺が傷つかないように。
でも、その反応は予想済みだ。もう、俺の中では答えは決まっている。
ゆるく笑って、口を開いた。

「その話は、もうセシルとしている。敵となった時、戦うことになった時、俺達は副船長としての立場を全うしようと、そう誓った」

もし本当にそうなった時、俺は果たしてあいつを殺せるのか。そう考えるのはやめた。逸らさず、蒼刃の目を見つめる。何かを探るような目だ。それを真っ向から受けて俺が本気だと目で伝える。
暫くして、蒼刃が沈黙を破った。

「ーー後悔は、ねぇんだな?」

それは船長ではなく、兄貴の瞳。
あぁ、俺は小さく返事をした。

「男同士だ、これから辛い事が沢山待ってる。ガキだって作れない。世間から何を言われるかもわかんねぇ。それでもお前は、猟犬でいいのか」
「セシル“で”じゃなくて、セシル“が”いいんだよ」

こんなこと、本人の前じゃ恥ずかしすぎて言えないけど。
また少しの沈黙のあと、蒼刃は諦めたかのように笑った。そして“わかったよ”と一言。それ以上の言葉はいらない。礼を言って部屋を後にしようとした。そんな俺の背中に、蒼刃の呼び声がかかる。

「腹の傷のことーー…昔のこと、言ったのか」
「……、まだ伝えてねぇ。でも、いつか伝えようとは思う」

そうか、その言葉を聞いてから、俺はゆっくりと部屋を後にした。
足早に自分の部屋へと戻る。扉を開けて中に入ってすぐに扉を閉めた。ズルズルと扉を背にその場に座り込む。
いつか伝えようとは思う。でもいつになるか分からない。見られたこの傷跡は、ガキの頃に怪我したと咄嗟の嘘で免れた。でも、自分の腹に付いたこの忌まわしい傷跡を見て思ってしまったのだ。俺は、まだあいつらの物なんだって。

「…っ、くそっ!」

傷跡を服の上からきつく握りしめる。忘れもしない反吐の出るようなあの過去から解放される日はいつ来るのか。
蒼刃に伝えることはできた。あいつに言ったことは全部本当だ。俺の心はもうセシルのもんだ。
ーーだけど、俺の体は10年経った今でもこの脇腹の傷跡とともにあいつらのものだった。

「(いつか、いつの日か伝えるから)」

この傷のこと、過去のことーー俺のこと、全部。
だから、だから頼む。その時はどうか俺に巻き付いてるこの忌まわしい鎖を解いてくれ。俺をこの傷から、あいつらから解放してくれ。心も、体も、お前の物にしてくれ。

なんて、

(重いやつって、思われるかな)



それでも俺は貴方を愛す






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