腹に勢いよく蹴りが入った。避けることもできない俺は、それを受け止めるしかない。激しく咳込んだ俺を、そいつらはニヤニヤと笑って見つめていた。
足はもう使い物にならない。折れてしまっていて、それでも感覚が麻痺したのか痛みすら感じない。腕は鎖で繋がれていて、眼帯を外されて空いた左目がスースーする。

――何でこんなことになったのか考えよう。

ゴッという音が耳元で響いた。つぅ、と頭から生暖かい物が流れてきたことから、頭を殴られたと言うことがわかった。

――こいつらって、なんだっけ。

こいつらは密猟組織。十年以上前から俺を付け狙ってたしつこい犯罪組織。
頭を蹴られて脳が揺れた。

――なんで俺は狙われてたんだっけ

それは俺が赤い目を持っているから。ヤミラミは通常青い目だけど、何故か俺は赤い目だ。だから親に捨てられたんだけど。
何か喚きながら、今度は頬をぶたれる。

――なんで俺はこいつらに捕まったんだっけ

普段は簡単に倒せるし逃げれる。今回それが出来なかったのは、加速の特性を持った奴らや、飛行タイプの奴らばっかりで襲われたから。いくら俺でも、俺以上に速い奴らを倒すのも逃げるのも出来なかった。
だから、捕まった。

口の中が切れてか、錆び付いた味が広がる。俺が抵抗出来ないのを良いことに、こいつらはさっきからやりたい放題だ。

――さっきって、何時?

何時間、俺はこいつらにこんなことをされているんだ?
わからない。
また腹を蹴られ、頭を殴られた。鈍い音と鈍い痛み。胃液が這い上がってきて吐き出した。何も食べていないから汚物はない、けど吐き出した胃液は真っ赤に染まっていた。
今は朝か、夜か。それすらもわからない。窓のないこの地下室で、俺はただ痛みに耐えることしかできない。
折れた足が、バキバキと音を鳴らした。踏みつけられている。でも痛みなんて感じない。足は、もう完全に感覚が麻痺してしまっているから。抉られた左目をもっと抉ってくる指。途端、激痛が走る。

「ぁああぁあ!!!」
「騒ぐんじゃねぇ!!」
「がはっ……、はっ、はぁ……」

指を抜かれて頬をぶたれる。垂れ下がった頭を髪をつかんで無理やり上を向かされる。それから、頭を殴られる。
同じことの繰り返し。俺は何時しか、気を失っていた。


最後に気を失ったのは何時だったか。
最後にあの子達を見たのは何時だったか。
記憶すらも曖昧になってきた俺は、今日もやっぱり暴力をふるわれる。
あいつらはきっと、暴力で俺を制したいんだろう。確かに大抵の奴なら暴力で屈するかもしれない。でも、生憎俺はそんな事だけじゃ屈したり何かしない。誰にも助けは求めない。なんとか、自力で、此処から――


「お前はいいよな」


ふと聞こえた声。近くから、聞こえた懐かしい声。あ、と言葉にならない声が漏れた。
目の前にいたのは、昔の仲間で。あの時と変わらない姿で俺の前に立っていた。
“なんで”と言葉が漏れる。それを気にせず、そいつはにっこりと笑った。

「お前は幸せで、いいよな」

その言葉に、俺は頭を鈍器か何かで殴られたみたいな衝撃を受けた。そいつは続ける。

「俺たちは、お前を守って死んだ。それなのに、お前は俺たちに感謝もしないで、自分ひとりだけ幸せになってる。おかしい、おかしいじゃないか」

だめだ、耳を貸すな。こいつは幻覚だ。エスパータイプにでも幻覚を見せられているんだ。彼らは死んだ。そう、俺を庇って死んだ。そうだ、俺一人だけ幸せになった。あれ、これって……

「罪よね」
「っ、」

今度は耳元で声がした。重い頭を動かして声のする方を向く。そこにいたのは、また、かつての仲間。美しいぐらいに残酷な笑みを見せながら、彼女は俺の頬をなでた。じんじんと、触れられた箇所が痛みを主張し始める。

「あなた一人幸せになるなんて、罪よ。だからこれは罰なの。最悪で最低で最高な罰。わがままで被害妄想の激しいあなたにうってつけだわ」
「お前は俺たちを殺したも当然なんだよ」
「あたし達を殺したのに、」
「幸せになるなんて、」

そんなのおかしいだろう?

にっこりと微笑んだ彼らは、俺の頭に足を乗せた。
違う、これは幻覚だ。違う彼らじゃない。違う違う違うちがうちがうチガウチガウチガウ。
“ちがわないさ”
誰かが嘲笑った。

「お前は、そうやって俺たちの存在すらも忘れようとしてたんだな」



かつての仲間からの暴力。彼らは幻覚なのに。なのに、それは俺の心を壊すのには十分過ぎた。腹をナイフで刺されて頭を鈍器で殴られる。髪を引っ張られて顔面に水をぶっかけられる。これが全部、あいつらだったらいいのに。俺は今、彼らの怒りを受けているんだ。
ポロリと、右目から涙が零れた。

「めん、……ごめんね……」

ごめん、ごめんね俺のせいで、俺が殺したのも当然だよね、ごめんね。ちゃんと罰は受けるからだから頼むから、もうやめてくれ。まだ、まだ俺はあの子たちと、あの人たちと―――




**

譫言のように謝り続けるヤミラミを見て、男がほくそ笑んだ。
してやった。あの何をしても心を折らなかったヤミラミの、精神を壊してやった。
いい気分だった。とても。
後は適当に痛めつけて、顔だけでも傷を治して、商品として売るだけだ。瞳の色が違うだけでなく、この中々整った顔だ。きっと高値で売れるだろう。十年間諦めずに追いかけてよかった。

「もう少し、痛めつけてやれ」

ヤミラミに悪夢を見せているエスパータイプの部下にそう言って、男は部屋を出ようとした。が、


ドォオオオン!!!


凄まじい音とともに、鉄製の扉が吹き飛んだ。何だとその部屋にいたヤミラミ以外の者達が扉をみると、そこにいたのはルカリオの青年とキノガッサの少女。
まさか、と男は声を漏らした。
あの扉は三体のゴーリキーのパンチでもびくともしなかったのだ。それを、たった二人、しかも片方は少女、が破っただと。
二人の間から少年が歩いてきた。フードを目深くかぶった、人間の少年。少年は、子供とは思えないその鋭い視線で男達を射抜いた。

「オレのヤミラミを、ずいぶん可愛がってくれたみたいだね」

片手にモンスターボールを持ったその少年は、トレーナー。
モンスターボールを一気に数個放つと、中から殺気だったブラッキーとサーナイトの青年、ヨマワルの少女にジュゴンの少年が現れた。
凄まじい殺気に、男達が後ずさる。それを見た少年が、ニヤリと笑った。


「オレのポケモンに手を出したんだからさ、おじさんたち」

死ぬ覚悟ぐらい出来てるよね?




その日、巨大な密猟組織の一部隊が壊滅した。
奪ったヤミラミはその場から消えていた。




(罪と罰)



レジーぼろぼろ話






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