少女たちの家はとても豪華なお屋敷だった。蝋燭が灯った晩餐室で豪勢な食事を楽しむ。どれもこれも、とても美味しいものばかりだった。
お腹が一杯になったところで、私は少女二人に頭を下げた。
「おいしかったわ、ありがとう」
「喜んで貰えたみたいでよかったわ」
「本当、よかったわ。この家には私達しか住んでいないから……お客さんが来てくれて嬉しかったの」
にっこりと笑った緑の少女と黒い少女。それにつられ、私もにっこりと笑う。
それから、部屋を見回した。本当に綺麗な部屋だ。天井からはシャンデリアがぶら下がっていて、壁には絵画が飾られている。暖炉ではパチパチと火が燃えていた。
私は感心しながら両手を合わせた。
「本当に立派なお屋敷ね……。ここにあなた達二人でーー」
そこまで言ってから、私は言い知れぬ違和感に気がついた。
そうだ。こんなに大きな屋敷なのに、たった二人だけで住んでいるなんておかしい。
それに、この目の前の豪勢な料理は一体誰が作ったというのだ?
彼女たちはずっと、
“私と一緒に居たはずなのに”。
ゾワリ。
悪寒が背筋を走っていった。
おかしいじゃないか、何故。だいたい、まずこんな森の中にこんな豪華なお屋敷があること事態可笑しかったんだ。何で、何で私は気がつかなかったんだろう、ここはーー
「大丈夫…?」
声を掛けられてはっとした。
私はいつの間にか立ち上がっていて、少女たち二人とまるで対峙するかのように向き合っている。突然の私の行動に驚いたのか、緑の少女が心配気に聞いてきたのだ。
少女をみると、今までの不安も違和感も吹き飛んでいった。
うん、と小さく頷く。
「そんなことより、二人にお礼に何かをあげたいの」
言い終わってから、あれ?と思った。確かに二人には何かお礼の品を思ったけれど、今、そんなことを言うつもりなんて全く無かったのに。口は勝手に動く。
「……何か、欲しい物はない?」
「くれるの?」
「ええ」
なんで、なんで口がこんなに勝手に動くんだ。
緑の少女が嬉しそうに笑って駆け寄ってきた。腕を掴まれる。怖い、そう思った。
緑の少女がにこにこと笑いながら、嬉しそうに声を出した。
「私、ーーーが欲しいわ!」
何が、とは聞こえなかった。でも、なんだか聞いちゃいけない気もした。聞いたら最後、二度と村に帰れない気がしたから。
緑の少女の、私を掴む手に力が加わった。青い透明の目で、私を映し出す。
「ねぇ、……ちょうだい?」
「ひっ………」
少女が言った途端、私の体を恐怖が駆け抜けていった。少女の口元から右耳に掛けて、縫い目が現れたのだ。先ほどまでなかったそれ。ほとんど反射で、私は緑の少女の体を押しのけていた。
押しのけられて後ろへよろめいた少女。ふわり、黒いスカートが揺れる。揺れた拍子に、少女の足が見えた。
私は、息をのむ。
だって、少女の右足が、人間の物ではなくまるでーーそう、“人形”の足だったからだ。
とっさに、私は周りを見回した。黒い少女の口元から左耳に掛けても、縫い目が現れている。先ほどまで明るく照らしていたシャンデリアはボロボロに壊れて、絵画はところどころ破れていた。暖炉に火なんて灯っていなくて、怪しい蝋燭の光だけが部屋を照らしていた。机の上には豪勢な料理なんて置いていない。
現実に引き戻された。
それが今の状況を表す言葉にぴったりだ。
私の様子を見た少女たちが、残念そうに肩をすくめた。
「幻術が解けたみたい」
「幻術(目隠し)が解けたのなら、盲目にしましょうか?」
「ふふ、良い案ね、葵紀」
「でしょう?夜月」
私は恐怖で足が笑っているのに気がつく。だめだ、逃げなきゃ、じゃないと殺される。
「あらあら、ふるえちゃって」
緑の少女が私を見てクスクス笑った。
「ほらほら、笑いなさい?その可愛いお顔で」
黒い少女が笑いながら言った。
私は震える足を叱咤して部屋を飛び出した。とにかく、ここからでないと。その一心で玄関へと向かう。
屋敷の内装も、さっきとは比べものにならないくらいボロボロだった。さっきまでのは幻術だったのだ。きっと、私が緑の少女の瞳を見た瞬間から、幻術(目隠し)されていたのだろう。
玄関に続く階段を駆け下りる。ちょうどその時、玄関の扉の前に男の人が立っているのが見えた。青い髪の長身の男の人だ。
私はその男の人に勢いよく駆け寄っていった。
「あ、あの!助けてください!実はーー……ひぃっ!!」
男の人がこちらを向いた瞬間、私は息をのんだ。だって、男の人の耳はまるで狼のように尖っていて、尻尾までついていて、さらには獲物を見つけたかのような目で私を見てきたのだ。
「だから言ったじゃない」
「夜は狼が出て危ないのよ」
「!!」
聞こえた声に振り返ると階段の手すりに、二人の少女が腰掛けている。恐怖に狩られた私の顔を見て、緑の少女が笑いかけてきた。
「彼は私達を守ってくれる狼さん」
「狼だけれど、立派な騎士(ナイト)なのよ」
緑の少女に続いて、黒い少女が笑いかけてくる。ああ、恐怖でどうにかなりそうだ。
緑の少女が私に向かって手を伸ばしてきた。
「さぁ、部屋(中)にお入り」
「あそこはとても暖かいわ」
黒い少女が言い終わる前に、私はまたその場から逃げ出していた。どこでもいい。とにかくどこかに隠れよう。そして、誰かが助けに来てくれるのを待つしかない。
そう思い、私はある一室に飛び込んでいった。
暗い部屋の隅っこで、私は恐怖と戦いながら震えていた。見つかったらおしまいだ。頭の中でそう、警鐘が鳴っている。
怖かった。怖くて怖くて仕方がない。でも、このまま逃げ通せばあるいはーー
ドオオオオン!!!
激しい音と共に私の希望は打ち捨てられた。部屋の扉が吹き飛ばされたのだ。入り口をみると、青い髪の狼男が立っていた。ひっ、と小さく息をのむ。
暗い部屋の中、真っ青な瞳と真っ赤な瞳が私を貫いた。
「アナタはもう終わりなのよ?」
「まやかしでもてなされて、甘い蜜を吸ってしまった時点で」
『アナタの終わりは決まっていたの』
恐怖で動けない私の腕に、足に、首に、少女たちの腕が絡みついた。恐怖が最高潮に達して、私は声を発することもできない。
「ねぇ、はやくちょうだい?」
「ちょうだい、ちょうだいよ、はやくはやく」
「はやくはやく」
「はやくはやく!」
「寄越せほら!」
『今すぐに!!!』
ぼきり。
その音を最期に、私の意識は沈んでいった。
(ちょうだい)
怪物2
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