(ボカロのtrick and treat 風)


深い深い森の中、私は慌てたように足を前へと動かしていた。
月が真上に昇った夜中のことだった。私はこの森を抜けたところにある村に住んでいた。夕方、村とは反対側に位置する町に買い物に行って、今はその帰りだったのだがーー


ーー……完全に迷っちゃった


私は不安を胸に足をとにかく動かす。森は真っ暗だ。空から降り注ぐ月明かりだけが私にとって唯一の救いだった。不気味なまでに静かな夜。今日は村で収穫祭が行われているはずだ。なのに、音一つしない。
私はだんだんと怖くなっていった。もし、ここから出られなかったら?私はどうなる?

恐怖は簡単に体を支配する。震えが止まらなくなり、私はその場にうずくまった。

怖い。怖い怖い怖い怖い怖い。
誰か、誰か助けて……


「大丈夫?」
「っ……!」


突然掛けられた声に、私は勢いよく振り返った。私の後ろは明るく照らされていて、それがランタンの灯りだと確認するには少しの時間が必要だった。
ランタンを持っているのは、私と同じ年齢だろう、緑の髪の少女だった。ツインテールにした髪の先が可愛らしく巻かれている。
真っ黒なフリルがたくさんついたワンピースに、左目に眼帯姿。人形のようにくりりと大きな瞳は、透明な青色だ。

普段の私ならば、この緑の少女を恐怖に思うだろう。だが、今はそれよりもずっと、この森で自分以外の人間に会えたことが嬉しかった。


「大丈夫?」


緑の少女がまた同じことを聞いてきた。心配気な表情に、私は小さく安堵の息をついて答える。


「ええ、大丈夫……。少し道に迷ってしまったの」
「まぁ、それは大変だわ」
「どうしたの?」


第三者の声に、私は肩を揺らした。声のした方をみると、茂みの向こうからランタンを持った黒髪の少女が歩いてきた。黒い少女の服装は緑の少女の服装と酷似していた。ただ違うのが、黒い少女は半袖で、緑の少女は長袖と言うことだろう。剥き出しにされた黒い少女の腕は白く、包帯が巻かれていた。右目に眼帯をしていて、人形のような大きい真っ赤な瞳。

不安げに黒い少女を見つめていると、緑の少女が安心させるように微笑んだ。


「彼女は私の姉。怖がらなくて大丈夫よ」


思わず見とれてしまいそうな微笑みだった。
ぎこちなく首を縦に振る。
黒い少女は緑の少女に話を聞いて、“それは大変”と、一つの提案を出してくれた。


「どうかしら?私たちの家に来ては?」


黒い少女の提案に、緑の少女が賛同する。


「そうね、それがいいわ。この森は夜になると狼も出て危ないの。私たちの家なら安全だし、暖かいミルクもおいしい食事もあるわ。ねぇ、どうかしら?」


私は少し考えた。
確かにこのままだと狼に食べられてしまうかもしれない。何より、このやっと会えた二人の少女とまた別れるのが、何故か寂しかった。
だから、私は頷いた。黒い少女から差し出された手を取る。手を引かれ、森の中を歩いていく。

その時、私は気がつかなかったんだ。
ランタンが映し出す二人の少女の影が、異様なほどに歪んでいたことに。



(その身を今すぐに委ねなさい)



怪物






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