ガガガと隠れた柱が削れていく。
無数の銃弾が放たれ、それがコンクリートで出来た壁を抉っていった。
発砲音と壁から伝わる振動を背に、俺は小さくため息をついた。
誰だよ、簡単な仕事だって言ったのは。
ここに送り出したあの水色の仲介人を恨めしく思う。出鱈目ぬかしやがって。
銃弾が掠った左肩が僅かに痛んだ。ほんと、利き手が無事でよかった。素早く負傷箇所を確認する。
左肩。少し掠っただけで動かせないわけではない。
右足。太腿に一発。と言ってもこれも掠っただけだ。動かせる。
左頬。結構傷が深いのか、かなり出血したが今は血も止まってる。大丈夫。…傷が残らなければいいが。
とにかく、あれだけ発砲されたにも関わらず生きていることに驚いた。自分の運動神経に感動するばかりだ。

ーーさて、と

この現状をどう打開しようか。
正直、蒼刃を連れてくるべきだった。海鈴からは『簡単だが、一応あいつも連れてった方がいい』って言われてたけど、あいつはあいつで別件の仕事が入っていた為に無理強い出来なかった。と、いうか。単純に対抗心でこうやって一人で来たのだ。俺だって多人数相手に一人で勝てるもん!っていう軽い気持ちで。案の定と言うべきか。やはり俺は暗殺が向いている。真正面から向かう馬鹿の気がしれない。

「…タダでできる遊びは二つ。花弁を数えるか、未来について考えるか」

大切なのは冷静な状況把握。打開策を探れ。どこかにそれはあるはずだ。
薄暗く、背中から感じる仄かな電気の明かりだけのビルの中、目を凝らす。ふと、目に入ったものがあった。あれは、使えるかもしれない。
背中に響く銃声を背負って、俺は音もなく目的のものに近寄っていった。





事務所、『仲介屋海鈴』は池袋駅東口を出て大手電気会社を通り過ぎ、裏通りを抜けた所のビル7階に鎮座している。7階全ての部屋を借りていて、大家もそういった業界の人間だ。中には入れば変哲もない普通の玄関。その先には小さなキッチンと広めのリビングが存在する。リビングには真っ赤なソファが2つ向かい合う形に置かれていて、それの間にはシックな長方形のテーブルが置かれていた。更にその先、窓ガラスを背に海鈴専用のデスクが置いてある。デスクの中身は俺も詳しくは知らないが、拳銃だったりと物騒なものがあるのは確かだ。リビングの右側にある扉を開けば寝室。リビングまでの廊下にある扉を開けば浴室とトイレがある。
十分寝泊まり出来る家具が揃っているため、終電を逃した時は決まってソファを借りていた。

仕事を終えて自宅に帰るよりも近い、海鈴の事務所で睡眠を取ろうかと考える。時刻は2時30分を少し過ぎたばかり。終電なんてものはとっくの昔に終わっている。あのままホテルで寝ても良かったが、うちの社長の口癖でもある「やったら逃げろ」が頭をかすめたのだった。と、いっても、隣に女の死体をおいて寝るほど俺の神経はイカれちゃいない。
このきらびやかなネオン街から事務所までは車で20分といったところだろう。適当にタクシーを捕まえて乗りこんだ時だ。携帯から着信を告げる音が鳴った。
運転手に駅前までと告げて、通話ボタンを押す。耳に当てると、聞き慣れた男の声が聞こえてきた。

『蒼刃か。仕事は?』
「今終わったところだよ」

次に言われるであろういつもの“やったら逃げろ”に対する返答を考える。いつも以上の皮肉を込めていってやろうかと身構えた。が、耳に入ってきた言葉は全く違うものだった。

『なら悪いが、ジャックを迎えに行ってくれ。連絡が取れないんだ』
「は?何処かで寝てるんじゃねぇの」
『今日の仕事で恐らく手こずってるんだろうな。なにせ人数が多い』
「ぇえ…今から帰ってさっさとシャワー浴びて寝ようと思ってたんだが。他の奴らは空いてないのか」
『フィーネもセシルも揃って休暇。十代組はもう睡眠時間、あとあいつの仕事場に一番近いのはお前だ』

口喧嘩で海鈴に勝てるわけがない。数分の押し問答のすえ、俺は諦めて深いため息をついた。
わかったよ、諦めの言葉が口から漏れる。この礼はきっちり、ジャックと二人で休暇なんかとりやがったあいつ等に払ってもらうとしよう。
海鈴にジャックの仕事場を聞く。なんだ、本当にここから近くじゃないか。タクシーの運転手に断りと行き先の変更を伝えて、目的地へ向かう。
外に目を向けると、きらびやかなネオンは通り過ぎてすっかり静かになった暗い道路だけが続いていた。



「いたか!」
「いや、こっちにはいねぇ。くそっ、どこ行きやがったあのガキ」
「ブレーカーまで壊しやがって。面倒な真似してくれる」

真っ暗闇から聞こえてくる男たちの声と足音。伝わる振動。そのすべてを感じ取れ。感覚を研ぎ澄ませ。気づかれぬよう気配を殺せ。
まったく、昔の俺はこんなに考えて行動したことがあっただろうか。多分なかった。仕事も全部適当で、とにかく殺せばいいだけだと思っていたから。自分の手の中にあるナイフを見つめる。柄をきつく握りしめた。あれだ。海鈴が好きな何とかってロックバンド歌手の言葉を借りたら、「改悛(かいしゅん)した魔女は掃除をはじめる。恋した強盗は信号を守る」。意識が変われば行動も変わる、か。
振動が近づいてくる。息を殺してナイフをきつく握り直す。さぁ、最高の舞台を始めようじゃないか。




海鈴に指定された廃屋のビルの中に入る。話ではここはヤクザの集まり場所で、電気もまだ通ってるらしい。が、室内は真っ暗で僅かな月の明かりしかない。はて、と頭に疑問符を浮かべる。人の気配もしなかった。奥へと進んでみればなるほど、ブレーカーが壊されている。そりゃ電気は通らないな。
さて、ジャックはどこだろうとあたりを見回した。気配を探る。ふと、何かが近寄ってくるのがわかった。ついでわずかな殺気。咄嗟に後ろに飛んだ。俺がいたところへ角材が振り下ろされる。月明かりが男を照らした。何かに怯えたような表情で、頭から血を流しながらこちらを睨んできている。

「何だてめえ!!まさかあの化物の仲間か!」
「あ?」

唾を撒き散らす男に片眉を上げる。化物ってなんだ、と考えたところでああ、ジャックのことかと納得した。まぁ一回のヤクザからしたらあいつは化物みたいに強いんだろうな。
完全に恐怖で壊れてしまっている男が角材を構え直した。めんどくさいが仕方ねぇか。上着の中に隠し持っている三本にわかれた槍を素早く組み立てる。槍と言っても先に刃物がついた棍棒みたいなものだ。これが俺の獲物。刺し殺すこともできるし殴り殺すこともできる。相手と距離が空いてるから返り血もあまり浴びなくて済むのだ。
目の前まで迫った角材を避ける。次いで槍で男の腹を思いっきり殴ってやった。男は吹っ飛んでいき、そしてーー

「あ」

思わず声が漏れた。男が飛んでいった先にいたのは、俺が迎えに来た人物が立っていたのだ。そいつは特に驚いた様子も見せずに飛んできた男の喉元を確実に裂いた。うまいこと避けて返り血は少し浴びたくらいだろうか。
思いの外元気そうな男に、槍をしまいながら声をかけた。

「海鈴が遅いっつって怒ってたぞ」
「えっ、まじで?でもあいつが悪いんだぜ、こんな明らかに俺じゃ不利な仕事振ってきたんだから」
「それをひとりでできるもん!っていって引き受けたのお前だろ」
「それもそうですけど」

死体を目の前にして平然と話すのも俺達にとっては普通の事。ジャックの姿を見ればところどころ血が付いている。ーーこれはタクシー捕まえて帰るのは無理っぽいな。ったく、仕方ないか。

「とりあえずここ離れよう。それから海鈴に迎えに来てもらう」
「タクシーとかは?」
「お前のその格好じゃ乗れねぇよ」

ビルを後にしながら海鈴に迎えに来てくれるよう連絡を入れた。ついさっき電話してきたのだからきっとまだ起きてるだろう。…ほら。すぐ返事が帰ってきた。文面は冷たいがちゃんと迎えに来てくれるだろう。

「ジャック、お前今度飯奢ってくれよ」
「はぁ!?なんで!?」
「誰が迎えに来てやったと思ってんだ。あと、逃げた奴足止めしてやったろ」
「はぁあ!!!?別に俺は迎えに来てとも足止めしてくれとも言ってませんんんん!だから奢りませんんん!」
「人生を有意義に過ごすための最大の武器は礼儀だって、なんとかって歌手も言ってるーーって海鈴が言ってたろ。礼儀だぞ、礼儀。ほら、お礼言え」
「誰が言うか!」

馬鹿みたいに騒ぎながら海鈴が迎えに来てくれるポイントへと向かう。まるで当たり前の様子。さっきまで人を殺してたって言って誰が信じるだろうか。俺達の横を黒い車が通り去った。人通りの全くない道に通る車、しかもさっきのビルへと向かっていることからきっと業界の連中だろう。海鈴が早速手を回した掃除屋か。死体の処理は奴らに任したらまず問題ないだろう。これで今日起こったことは一般人には知られない。あくまでいつもの日常がやってくるのだろう。
その日常の裏で、俺達殺し屋が動いていることすら知らずにーー


(無関心でいるな。さもなくば明日には歌も取り上げられる)

by.ジャック・クリスピン




最高のライブをすれば衣装はついてくる




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