この世界は死体だらけだ。
人は殺して食べて生きている。死体のもとに人は成り立っている。魚を殺して食べて牛を殺して食べる。
この世界は死体だらけだ。
俺達は人を殺して金を貰って生きている。世間じゃそんなことしたら人殺しだとか犯罪者だとか騒がれるけど、この世界じゃそんなの当たり前で。というか、ターゲットになるような奴らはみんなそれを覚悟で生きているんだ。俺達だって死を覚悟でこの仕事をしている。
そう。俺達は人を殺して金を稼いでいる。所謂、“殺し屋”だった。





「お疲れー」

帰ってきた青い髪の同僚ーー蒼刃に声をかけると、短く「おう」と返された。すっと彼が目の前を通り抜ければ、鼻につく香水の香りに眉をしかめる。そういえば、今日のあいつの仕事はハニートラップだったな。寝た女の香水だろう。甘すぎるバニラの匂いに鼻が曲がりそうだ。
俺達は殺し屋だった。
俺は基本的に請け負うのは暗殺中心。暴れるのも好きだが、バレずにさっさと殺すことを得意としてる。巷じゃあ『第二の切り裂きジャック』なんて言われて有名だったりそうじゃなかったり。
対して、同僚である蒼刃は多人数相手の仕事や、今回のようなハニートラップが多い。元より暴れるのが好きな性格だし、多人数でもその圧倒的な運動センスなりなんなりで軽く仕事をこなしていく。警戒心が強い女には持ち前の甘いマスクで口説き落として殺したり、情報を盗んだりとが得意でもあった。
殺し屋と言えば、格好が厳つかったり真っ黒で見つかりにくい格好……なんてイメージする奴もいるがそうでもない。俺の服装だって至って普通。渋谷のでかいファッションビルで一日中蒼刃を連れ回して買った品で着飾っている。蒼刃は服装に無頓着なために俺がコーディネートしてやった服を着ている。つまりは、何処にでもいる、普通の若者なのだ。普段の俺達は。

「お疲れ。早かったな」
「あぁ。馬鹿な女で助かった」
「依頼主には俺から連絡しておこう。ついでに早期解決ってことで2割増金払うよう交渉してみる」

俺達の社長、と言うべきか。『仲介屋の海鈴』が笑いながら言った。
仲介屋海鈴は業界じゃ名高い『交渉人』だ。口が上手くて、大抵の人間はほいほいと彼の言う事を真に受けてしまう。だからきっと今回も報酬は2割増で貰えるのだろう。だというのに、蒼刃はどこか機嫌が悪そうだ。

「海鈴、シャワー借りてもいいか」
「あぁ、好きに使ってくれ」
「悪いな」

短い会話の後、蒼刃はさっさとその部屋から立ち去った。ソファに寛いで雑誌を読んでいた俺は去って行った長身の背中を見て小さく息をついた。

「相当機嫌悪いな、あいつ」
「あの仕事の後はいつもあんな感じだろ」
「だな。人の匂いつくの嫌うしなぁ、特に香水とか」

それにしてもあの殺気は無いだろう。よくここまで捕まらずにこれたな。海鈴も同じことを考えていたのか、小さくため息をついていた。

事務所、『仲介屋海鈴』は池袋駅東口を出て大手電気会社を通り過ぎ、裏通りを抜けた所のビル7階に鎮座している。7階全ての部屋を借りていて、大家もそういった業界の人間だ。中には入れば変哲もない普通の玄関。その先には小さなキッチンと広めのリビングが存在する。リビングには真っ赤なソファが2つ向かい合う形に置かれていて、それの間にはシックな長方形のテーブルが置かれていた。更にその先、窓ガラスを背に海鈴専用のデスクが置いてある。デスクの中身は俺も詳しくは知らないが、拳銃だったりと物騒なものがあるのは確かだ。リビングの右側にある扉を開けば寝室。リビングまでの廊下にある扉を開けば浴室とトイレがある。
十分寝泊まり出来る家具が揃っているため、終電を逃した時は決まってソファを借りていた。今日もお泊りの予定だ。

俺達はならず者時代に腕を買われて海鈴に雇われた。
それまではまるで生きてる心地がしなくて、死んでるみたいだった。
俺と蒼刃が出会ったのは海鈴の元で働くようになってからだ。その時のあいつは『誰も信じない』なんて顔してて、よく取っ組み合いの喧嘩ーーひどい時は殺し合いにまで発展していた。そうなれば決まって、海鈴に怒鳴られていたな。
まぁそんな生きてるような死んでるような日々から一転、輝かしくはないが自分では誇れる仕事につけたと思っている。

と、少しばかり話しすぎたようだ。
気がつけばもう蒼刃がシャワーから上がってきていた。長い髪を垂らしてタンクトップ姿のこいつを見たら、女の子たちは放っておかないだろう。

「なんだよ」

少し笑いながら言ったこいつの機嫌はどうやら直ったようだ。
べっつにーと笑いながら返してやった。

「蒼刃、泊まってくか?」
「おいジャック。ここはいつからお前の家になったんだよ」

俺の問に呆れたような声を出すも、反対はしない海鈴。まぁ自分は確実に布団で寝れるし、ソファで寝る俺達のことはどうでもいいんだろう。
そうだな、と悩んだ様子を見せてからどかっと俺の向かいのソファに腰掛けた。肩にかけたタオルで頭を拭きながらちらりと時計を見る。俺も倣って時計を見た。11時45分。終電まではまだ間に合う。が、帰るのが面倒だ。その考えはどうやらこいつも同じらしい。

「じゃ、泊まらせてもらおうかな」
「おいおい、ここはお前らの宿舎じゃないんだぞ?」

苦笑しながら、海鈴がソファの間にあるやけにお洒落な机に真っ白なファイルを投げやった。パサッと音がしてファイルが机に投げ出される。これは?と首を傾げると海鈴がデスクから離れずに答えてくれた。

「仕事だ。久々に二人指名だ」

二人指名。俺と蒼刃両方が出る仕事。なんて言えばヤクザ組織だったりの掃除とかだろう。さしずめ、このファイルは資料か何かか。真っ先に蒼刃がファイルに手を伸ばした。俺は細かい文を読むのが苦手なために二人で仕事の場合は大抵、蒼刃に後々掻い摘んで教えてもらっている。

「決行は明日の夜10時20分。いつも言っているが、やったら逃げろよ」
「わかってるって」
「久々に暴れられそうだ」

タバコを取り出し吸い始めた海鈴の言葉に、軽い調子で返事をした。
さぁ、久々に大きな仕事だ。寝る前に武器の確認でもしておこうか。らんらんと目が輝いているのが自分でもわかる。それはきっと蒼刃も同じだ。
来るだろう明日の楽しい時間を待ちわびながら、俺達はゆっくりと睡眠の準備に取り掛かるのだった。



この世界じゃ生きていくには何かと不便だ。だってこの世界は死体で満ちているから。
だけどそれを認めて歩かなきゃ人間は生きていけない。認めなきゃまるで死んでいるのと一緒だ。
俺達はこの世界と向き合った。この世界の死体と向き合った。世間になんと言われようが関係ない。世間にどんな目を向けられようが関係ない。
目の前の楽譜を演奏しろ。自由はそれからだ。
俺達は俺達の好きなように生きていこう。それが俺達の、“殺し屋”たちの生き方なのだから。


(死んでるみたいに生きたくはない)

By.ジャック・クリスピン



人生から逃げる奴はビルから飛んじまえ




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