この町は昼も夜もどんちゃん騒ぎな活気のある町だ。豊富な資源に漁が盛んで何より酒がうまい。こんな絶好の場所を海賊が放っておくわけがなかった。いつしかこの町は海賊の町と化していた。



トルトゥーガに着いたのは日がすっかり落ちてからだった。港に降りればそこでは他の海賊や船乗り達数名が静かに酒を酌み交わしている。虫のさざめきと共にギターを鳴らして歌っているもの。それは騒がしい町の中と違い、どこか哀愁満ちている。海面を見ればろうそくの灯りがゆらゆらと揺れ、まるで生きているみたいに蒼刃達を歓迎してくれていた。
トルトゥーガ、海賊の街。
街への渡り橋を渡っていく。先程の哀愁満ちたギターの音と歌はすっかり消え失せ、ならず者達の笑い声や叫び声、女達の悲鳴が溢れかえっていた。漏れ出すランタンの光に、一瞬目が眩む。振り返れば、数名の乗組員がうずうずとした目でこちらを見ていた。それに蒼刃は苦笑を返して声をかけてやる。

「食料、武器、水の調達は明日の朝、日の出とともに行う。昼には出港だ。それまで、思う存分飲んで食って遊びな」

ただし遅れてきた奴はここに残していくからな。
釘を打てば乗組員たちは嬉しそうに頷いてそれぞれ散り散りになっていった。と、行ってもどうせ彼らが行く場所など酒場だろうからすぐまた顔を合わせるだろう。そう思いながら蒼刃はゆったりとした足取りで酒場へと向かった。途中女に言い寄られたが慣れた手つきで断っていた。歩くたびに声をかけられ、それに笑って返事をする。

「蒼刃?」

酒場へ向かっていると、不意に名前を呼ばれた。トルトゥーガなど子供の頃から頻繁に出入りしているから知り合いはたくさん居る。が、トルトゥーガのどの知り合いよりも若い声にもしやと蒼刃が振り返った。そこにいたのは、

「ジャック?ーージャックじゃねぇか!」
「おー!やっぱり蒼刃だ、もしかしてと思って話しかけてよかった」

案の定、そこにいたのは海賊仲間のジャックだった。彼もまた海を航海している、しかも船長だ。蒼刃が名前で呼ぶし数少ないうちの一人だった。お互い航海する身だ。なかなか会うことはなかった。会えるといえば、何年かに一度開かれる評議会の席でか、こういった港町で偶然に、だ。今回は後者だった。評議会も暫く無く、何年か会っていなかったのだ。久々の友人との再会に蒼刃は顔をほころばせた。

「久しぶりだな、元気にしてたか」
「当たり前だろ!お前こそ、元気そうで何よりだよ!」

はははと笑い合いながら拳をぶつける。ジャックが言うに、今朝トルトゥーガに付いたのだという。明日の朝には出港の予定だそうだ。自分が明日の昼に出港だと伝えると、ジャックは嬉しそうに肩に腕を回してきた。

「なら今夜は飲もうぜ!友よ!」
「はは、それがいいな。もちろん金はあんた持ちだろう?」
「えええ!?まじかよ!?」
「前に会った時は俺が奢った」
「うっ…わぁったよ」

笑いながら言えば、ジャックは渋々了解した。
“お前が飲むと酒代が高く付くんだよな…”
文句を言う友人の脇を小突いて、二人は酒場へと向かった。



酒場は相変わらずの荒れ放題だった。ほとんどがならず者なのだ。男たちが酒を煽り、喧嘩をし、騒々しい話し声や歓声に叫び声、音楽の音で溢れかえっていた。近くにいる者にも大声ではなさなれけば声が聞こえないくらいだ。
乱闘が起こっているところから少し離れた場所で、蒼刃はジャックと酒を酌み交わしていた。向こうでは自分の部下たちが楽しそうに女と話し、乱闘に参加している。それをまた少し離れた場所で、ピンクの髪の少女ーーアイリーンが呆れたように見据えていた。
そんな部下たちの様子を見守りながら、蒼刃はジョッキに入った残り少ないラム酒を一気に飲み干した。近くを通った店員に追加の酒をオーダーする。遠慮なく酒を頼む蒼刃に、ジャックが頭を抱えた。

「お前今何杯目だよ!?」
「えーと、6?」
「8杯目だよ!!!俺まだ4杯も飲んでないぞ!?ちょっとは遠慮しよ!?」
「前に奢った時、“次はいくらでも飲んでいいぜ”って言ってたからな。遠慮なく行かせて頂いてます」

ニヤリと笑って、追加できた酒を煽った蒼刃に、ジャックはまた頭を抱えた。たしかにそんなこと言ったかもしれない。記憶にない。数年前のことだし、何しろ自分は酔っていたのだ。覚えていないのだからこれは無効だと叫びたかった。が、そんなこと蒼刃が許すわけがなかった。
彼の記憶力は人並み以上だ。一度見て聞いたものは完全に頭に入れて忘れない。

ーー今度からはこいつより先に酔わないようにしよう

と、思いつつも蒼刃はザルだったと思い出しその考えは一瞬で砕け散ったのだった。

「あら?ジャックじゃない!」
「あー、蒼刃がいるぅ!」

ジャックが文句を言うのをやめた時、女達がキャッキャと騒ぎながら走り寄ってきた。胸元を大胆に開けて顔を厚い化粧で隠している彼女たちは、トルトゥーガで働く者だ。酒場の店員から娼婦まで、彼女たちはこの荒くれ者が集うトルトゥーガで逞しく暮らしていた。そんな彼女たちを蒼刃は時折尊敬する。女は弱いと他の海賊たちが話しているのを聞いたがそんなことは無いのだ。彼女たちは強い。男なんかよりもよっぽど、精神が強い。

ーーあいつは力も強いけど

脳裏に浮かんだ緑髪の少女に小さく笑みをこぼした。
たちまち、二人は女に囲まれる。ジャックは嬉しそうに近くによってきた女の腰に手を回して引き寄せた。

「アゼンダ、久しぶりだな」
「おや、覚えててくれたのかい。嬉しいねぇ」
「お前みたいな美人、忘れるわけ無いだろう?」
「はは、その台詞他の女にも言ってるんだろう?あんたは相変わらずの軽い男だね」

呆れたように肩をすくめてみせたアゼンダだったが、その表情はとても穏やかだった。母性あふれるアゼンダの視線を真っ向から受けて、ジャックは小さく笑った。
するり、ジャックの腕に手が回された。そちらを向けば豊満な胸を腕に押し付けてくる金髪の女。女は少し涙目になりながらアゼンダを見た。

「姉さんばっかりずるいわ!私だってジャックと話したいのに!」
「じゃあ今から思う存分話そう、お前の可愛さについてね、マリーベル」
「やだぁ、ジャックったらぁ!」

嬉しそうに微笑んだマリーベルの髪を一房手に取り、キスを落としてみせた。するとマリーベルはうっとりした瞳でジャックを見やる。ハートでも飛び交っていそうなその場面にアゼンダはただただため息をついた。

ーー本当に。こいつは軽い男

そんな男に恋をしてしまったマリーベルはなんて可哀想な女なのだろうか。…、それは私も同じかと、アゼンダは小さく笑った。
楽しそうに話すジャックとマリーベル、そしてやってきた女達。アゼンダは彼らから視線を外してもう一人の男を見やった。男ーー蒼刃の周りには数人の女が集まっており、楽しげに談笑している。

「ねえねぇ、あたしのこと覚えてる?」
「ははっ、当たり前だろリズ」
「もう、リザベラって呼んでよ」
「自分の名前は嫌いだったんじゃねえのかい?」
「あんたがあたしの名前を褒めてくれたから…だから自分の名前が好きになれたんだよ。ありがとね」
「どーいたしまして」

ニッコリと微笑んだ蒼刃に、リザベラは嬉しそうな笑顔を返した。抱きついてくる女の腕をやんわり外しながらも、女の言葉に丁寧に返答をする蒼刃。それでも酒を飲むスピードは変わらなかった。

ーー軽いのはこいつもだったねぇ

しかもコイツはジャックよりも質が悪い。
蒼刃は自分の中に深く入られるのを嫌う。さっぱりした性格でなければ、彼と関係を結べなかった。一度でも彼が敷いた線を超えてしまえば相手にされなくなるし、最悪の場合殺される。そうなった女はトルトゥーガにも沢山いた。その癖、妙に女に甘いのだ。この男は。
ジャックといい、彼といい。他の野蛮な海賊達にはないその華やかさと色気、そして危険な雰囲気はトルトゥーガ中の女を虜にしていた。

ガッシャーーン!

近くで大きな音がなった。ついで、誰かの怒声。どうやら、酔った拍子にぶつかって相手を怒らせてしまったようだ。こうなれば待っているのは乱闘だった。銃声が聞こえたのを合図に、蒼刃達のすぐ近くでも乱闘が始まった。
酒瓶を片手に机の上に登り、カットラスを取り出す男。銃を彼方此方に放つ男。物をやつ当たりするかのごとく投げ捲る男。
女たちは小さな悲鳴を上げて巻き込まれないよう逃げていった。女が居なくなったことにジャックは少しばかり気を落としたが、それでもすぐそばで始まった乱闘に目を輝かせた。

「蒼刃、行こうぜ!」
「いや、遠慮しとくよ」

断ればノリ悪いなと口を尖らせる。まったく、どちらが年上かわかったものではなかった。
酒の入ったジョッキをジャックの前に出す。蒼刃の意図がわからないのか、ジャックは首を傾げるだけだった。と、そこて中身の入ったボトルが飛んできた。それを見事キャッチしたジャックは、やっと蒼刃の意図に気がついたかのように、彼の腕と自分の腕を交差させる。ニヤリ、蒼刃が笑った。それにジャックも続けて笑う。

「力で奪え」
「情けは無用」

お互い交差させた腕はそのままに、酒を煽る。ダンッと音が響くほどに机にボトルを置いてから、ジャックは乱闘の中へと入っていった。
残された蒼刃は飛び交う物を軽々避けながら、13杯目のジョッキを注文するのであった。



(俺たちゃ海賊、酒を飲み干せ!!)


酒を飲み干せ!!




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