泣き始めた空のしたで、俺は彼と対峙した。
俺の心は完全に呪いに支配されていて、もう少しの抵抗も出来ない。帝王が工夫を施した呪文。たとえあの方を殺したとしても、この呪文が消えることはない。
彼はそれを知っているのだろう。そして、救う方法も。
雨に濡れるのが嫌いなはずなのにね。君はそうやって俺の前に立ってる。あの時は俺の親が、俺自身に君を殺させるために君は生かされたんだっけ。見えないけれど、その服の下はきっと傷だらけなんだ、俺の親がつけた傷で。

「何か用?」
「お前を止めに来た」

ハハハと笑いが漏れる。

「止める?俺を?バカじゃないの、そんなこと出来るわけないじゃない。君に、俺を殺せると言うの?それともアズカバンへ送る?そうだね、その方が一番効率的だ!だって俺は――」
「レジー」

名前を呼ばれ止まった。視線を向ければ、真っ直ぐ俺を見つめる赤い瞳。その瞳は決意の色で満たされていた。彼が杖を取りだし、俺に向ける。

「俺が生半可な覚悟でここに来たと思ってるのか」
「……」
「安心しろレジー。……俺がちゃんと、殺してやる」

体が強ばった。
そうだ、俺を呪いから解放する方法は俺を殺すしかない。それ以外の方法なんてなければ、奇跡なんてこともない。
嗚呼、辛い思いをさせてしまうな。
俺も杖を取り出す。

「殺す?君が、俺を?出来るわけないでしょ、何たって俺は親友なんだから。ねぇ、ファウラー。君には親友を殺す覚悟が本当に――」
「レダクト(粉砕せよ)」
「っ!?」

俺のすぐ後ろにあった木が、粉々に砕け散った。
木だったものを見て、次いで虎銀を見る。彼は杖を片手にニヤリと笑った。

「覚悟が、なんだって?」
「っ……はは、ははは!!最高!最高だねファウラー!!いいよ、俺が殺してあげる!!親の尻拭いは!しっかりしないとね!ディフィンド(裂けよ)!」
「くっ」

俺の魔法が当たって虎銀の左肩がまるで切りつけられたかのようにして裂ける。
でもすぐに体勢をたち直していた。さすがの一言だ。

「ステュービファイ!(麻痺せよ!)」
「プロタゴ(護れ)」

虎銀からの魔法を呪文で身を守る。
俺は次の魔法を虎銀の足元に向けて放った。

「ロコモーター モルティス(足を縛れ)!」
「!?」

虎銀が倒れる。足を縛る魔法が当たったのだ。咄嗟に杖を構えたけど、俺の方が早かった。
これで終わりだ、そう呟いた自分がわかった。あの呪文を使う気だって。
だめだ、その呪文は――

「アバタケ――」

死の呪文、当たれば即死。振り上げた杖に禍々しい魔力がたまっていく。
やめろ、やめろ!

「タブ………!?」

突然動かなくなった俺の体。見れば虎銀が倒れながらも杖を此方に向けている。インペディメンタ。妨害魔法だ。
すかさず武装解除魔法を放たれ、杖が飛んでいく。
悪態をついて杖を見、虎銀を見たところで乾いた音がその場に響いた。

「え……」

胸の辺りが熱い。激しい熱を帯びたかと思えば、血が逆流してきて口から漏れる。虎銀を見れば、右手には杖ではなく、拳銃。

「は、はは……」

乾いた笑いと共に仰向けに倒れた。
虎銀が近づいてくる気配がする。視線だけ上げてくすりと笑ってやった。

「…魔法使いが……拳銃なんて…使わないでよね…」
「お前は俺より魔法の知識が豊富だろ。何しても防がれると思ったんだ」

さすが、その通りだよと力なく笑う。この時にはもう、俺の呪いは解けていた。嗚呼、死ぬんだって、実感した。

「…虎銀」

なんだとばかりに虎銀が顔を覗きこんできた。血だらけの手で虎銀の頬を撫でて、呟く。

「 」

声は掠れて小さな音にしかならなかったけど、虎銀にはちゃんと届いたみたいだった。

小さく笑って、あぁって一言いってくれた。

「…お休み」

最後に聞こえたのは、その言葉だった。



******

「やっぱり、ここだったか」
「…シュナか」

煙草をふかしながらシュナは座り込んだ虎銀の前にある、小さな墓石に目をやった。ホグワーツの敷地内の小さな丘。そこにポツンと立った旧友の墓。
虎銀は毎日ここに来ることが日課となっていた。ホグワーツの教師になった、今も変わらず。
一度大きなため息をついた。煙が風に紛れて飛んでいく。その様子を見ながらシュナは横目で虎銀を見やり、踵を返した。

「…もうすぐクディッチの試合が始まるからな。それまでには戻れよ」
「あぁ」

返事を聞き、シュナはその場をあとにした。



シュナが去ってから、虎銀は自分の煙草を取り出した。魔法で火をつけて、一度大きく吸い上げ吐き出す。白煙が空を舞って消えていった。ポケットの中に入っていた石を軽く転がした。先程校長から貰った物だ。ただの石ころにしか見えないそれを、墓石の前で転がしてみろと言われたのだ。
持ってきていた酒瓶を墓石前に置き、小さく呟く。

「…ごめんな」

殺したのは虎銀だった。そうするしかなかった。だからと言っても、殺したのだ。彼を。頬を伝う涙を乱暴にぬぐって立ち上がった。

「…またくる」

遠くから聞こえてきた歓声に、クディッチの試合が始まったのがわかった。グリフィンドールに入ったあの少女も出ることだろう。見に行かなければ後々、なんと言われることやら。
歩き出した途端、一際強い風が吹いた。

「…!」

淡い紫が視界に入った。ばっと振り替えると丘からクディッチの競技場を眺めている見知った姿。半透明で、まるでゴーストみたいだったが、それは間違えるはずがなかった。

「………レジー?」

振り返ったレジーはにこりと笑った。

『あの子、ちゃんと守ってあげなよ?』

彼が指す"あの子"とは、きっと彼女のことだ。あぁ、小さく声を漏らす。

『虎銀ったら乱暴で無愛想で口も足癖も悪いんだから、たまには優しくしてあげないと』
「お前は…俺を貶しに来たのか」
『そうとも言うね。……君が校長から貰った石、まさかあの石だったとはね。驚きだよ』

でもこうして来れた。そう笑ったレジーの顔は、あの頃と何ら変わっていなかった。

「…レジー、俺は――」
『虎銀』

掛けようとした声を遮られた。見れば、穏やかな表情の彼。

『あのとき、ちゃんと言えなかったから』

だんだんとレジーの姿が消えていっていた。
頬から涙を流して笑顔で、彼は言った。

『ありがとう』

その一言最後に、レジーは完全にこの世から消えた。


****

「虎銀さん!見ててくれましたか、私のシュート!」
「あぁ、ちゃんと見てた」

試合が終わると同時かけよって来た少女の頭をぐりぐり撫でた。
少女は嬉しそうに笑ったあと、ふと不思議そうに首をかしげた。

「どうした?」
「…いや。虎銀さんなんだか、




とってもすっきりしたような顔してるなって」






(ひとつのハッピーエンド)

虎銀さん、シュナさんお借りしました。最後の少女はご想像にお任せします。私かもしれません()

校長から貰った石

蘇りの石……死者と会って会話ができるもの


一つのハッピーエンド




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