あいつは何時でもどこでも、俺につきまとってくる。正直面倒くさい。というか邪魔だ。迷惑だ。
俺には男を好きになる趣味なんてないし、あいつはまぁ顔は良い方だから女に困らないだろうに。
不機嫌まる出しに、一息で言った。俺の話を聞いていたまおが、うーんと首を傾げる。隠しているつもりだろうが、まお。ニヤニヤが滲み出てるぞ。

「青葉くんはかなめくんのこと嫌いなの?」
「はぁ?別にそうとは言ってねぇだろ。鬱陶しいだけ」
「なら、そこまで反応することなのかな?かなめくんなりのスキンシップだよ」
「度が過ぎるスキンシップだな、おい」
「まぁまぁ。あたしが言いたいのはぁ、反応すればするほど、かなめくん面白がってスキンシップしてくるんだよ。それはそれで美味しいわけだけど」

本音と涎が出ているのはこの際無視しよう。
…そうか、俺も過度に反応しすぎたのか。無視を決め込んだらいいんだな。何をされても何を言われてもオール無視で行こう。

▼△▼△▼△▼△

…どういうことだ。
無視をすればマシになると思われた(まお曰く)スキンシップは、マシになるどころかむしろもっと激しくなっていった。
寝床に入ってくるのは当たり前、風呂にまで付いてきたりするレベルだ。しかもずっと「青葉くん青葉くん」言ってて煩い。それでも無視を決め込んでいる俺は自分を褒め称えたい。

「ったく、何なんだよ…」

口から出た悪態をオウカがクスクスと笑った。かなめから逃げる為に、オウカの元へと避難してきたのだ。
クスクスと笑うオウカに、俺は唇を尖らせた。

「なんだよ」
「すまない、かなめも必死だなと思ってな」
「必死も必死。うざいくらい」
「はは、そうか」

オウカが入れてくれたお茶を飲んで、一息ついた。本当、何なんだよあいつは。

「青葉」

名前を呼ばれ、視線を動かした。そこには優雅に椅子に腰を降ろしたオウカがいた。にこやかに微笑んで、俺を見る。

「そろそろ、彼の気持ちに答えてやったらどうだ」
「…、」
「分かっているんだろう?かなめの気持ちが」
「分かってる…けど…」

まおの時とは違う、大人の言葉。まおの時は軽くかわせていた言葉だけど、大人のオウカの言葉は躱すことができなかった。真っ直ぐ、俺の心を見透かしたような目。
かなめの気持ちは分かってる。あいつは痛いぐらいに直球で物を言う奴だから。でも、俺の気持ちは?はっきりと、真っ直ぐにあいつを突き放すことが出来ない自分が、どこかいる。なんでだよ、あいつなんて、鬱陶しいと思ってたのに。なのにーー

「…ゆっくり考えて、お前の中で答えが出たのなら…かなめに教えてあげるといい」

見れば穏やかな微笑みのオウカが目の前にいた。頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。子ども扱いするなよ、って言いたかったが、何故か言葉を発することができなかった。


帰り道。赤い夕日が射し込む裏通りを黙々と歩いていた。この辺りは治安が悪いが、家までの近道だ。それにこの時間から不良共が現れるとは思わない。

「俺の気持ち…」

瞬時に出てこないことに苛立ちを感じる。ああ、くそ。なんでだよ全く!
頭を掻いてため息をつく。と、ほぼ同時だった。

「!?」

頭に衝撃が走った。次いでくる鈍い痛み。なんだこれ。足元がぐらついて、倒れ込む。視界の端に誰か立っていた。手にバッドを持っている。それを見て、嗚呼殴られたのかと遅いながら理解した。
やばいな、目の前が霞んできた。ぞろぞろと何人かの足音が、遠くで聞こえる。ここで、俺の意識は途絶えた。


▼△▼△▼△▼△

「ん……、」
「あ、起きた?」

目を覚ませば、誰かの声が降ってきた。起き上がろうと、地面に手をつこうとした。が、腕が動かせない。

「っ…」

両腕が後ろ手に縛られていた。頭からつぅと生暖かいものが流れてくる。小さく舌打ちをして、先ほど声が聞こえてきた方を睨んだ。そこに居たのは見覚えのある男。以前、俺に突っかかってきた不良だ。その時は軽く相手をしたんだったか。ちくしょう、何で忘れてたんだ。あの路地裏は、こいつらの縄張りだったんだった。
男がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて俺を見てきた。

「この間はどうも。今日はかりをかえしにきたぜ」
「それはわざわざご苦労様。でも俺は早く帰りたいんだ。この縄さっさと解いてくれ」

睨みながら言ってやれば、男が大声で笑った。

「…、っ!」

途端襲う痛み。男の取り巻きに頭を踏み付けられたのだ。もう一人の取り巻きに、腹を蹴られる。胃液が込み上げてきて、吐き出した。口の中が酸っぱい。

「帰すわけねぇだろ?遊んでこうぜ坊主」

あぁ、これはやばいな。油断した自分に嫌気が差した。
『最悪の場合、死ぬぞ』
いつぞや、オウカに言われた言葉が、脳裏に蘇った。


▼△▼△▼△▼△


何時間だっただろう。後々気がついたがここはどこかの倉庫らしい。大きな荷物が沢山あったから、多分あっている。窓の外はすでに真っ暗で、早く帰らないとまたあいつが煩いなと頭の隅で思った。

「ゲホッ…はぁ、はぁ…」

咳き込んだら胸が痛い。口の中は酸っぱいやら鉄臭いやらでどうなっているか分からなかった。殴られた頬はもう腫れ始めているし、足に至っては感覚が麻痺していた。
縄は外されたものの、両腕を押さえつけられ、まともに抵抗も出来ない俺を良いように蹴って殴ってくる。体中傷だらけで、息は切れ切れで。こんなことなら素直にオウカの注意を受け止めておくんだった。誰でも彼でも喧嘩したらダメだな。
朦朧とし始めた頭でそう思った。

「何ニヤついてるんだよ」
「ぐっ…」

頭を殴られる。脳が揺れた。ぐわんぐわんと揺れる視界の中、あの男がいた。面白くなさそうに俺を見ている。そんな男に、ニヤリと笑ってやった。

「ガキ相手に……こんな大人数で襲ってきて……小心者なんだな、あんた…」

男の額に青筋が浮かんだのがわかった。してやったりと笑ってやる。男がなにか喚くが、言葉にもなっていなかった。はは、低能め。追い打ちとばかりに吐き捨ててやった。
男はわなわなと震えたかと思えば、近くに落ちていた鉄の棒を手に取った。あ、やばい。挑発しすぎたか。ずるずると、男は鉄の棒を引きずってこちらにやって来る。この状態で、しかもろくにガードもできない状態であれはダメだろう。死ぬかもしれない。身じろごうとするも、力が入らない。目の前まで迫ってきた男の顔が、怒りに染められていた。それを染めたのが俺だと思うと、なんともおもしろい。
男が棒を振り上げた。その様子を俺はまるで他人事のように見る。振り下ろされる棒を見て、ふいにあいつの顔が思い浮かんだ。なんで最期にあいつの顔なんだよ、苦笑が漏れる。まるでスローモーションかのように、時間を長く感じた。目の前まで迫った棒。あ、当たる。そう思った時だった。

「!」

俺の肩に、誰かの手が触れた。かと思えば後ろに引き寄せられる。背中に暖かい何か。え、と小さな声が漏れた。俺に当たるはずだった棒を誰かが掴んで止めている。あの手はーー

「遅くなってごめんね、青葉っち」
「か、なめ…?」

震える声で名前を呼べば、かなめはニコリと微笑んだ。なんで、ここに。掠れた声が漏れる。

「青葉っちがこんな時間になっても帰って来なかったからさ、探したんだ。みんなで。それで、ここに青葉っちが連れてかれるのを見たって人がいてね」

急いで駆けつけてきたの。
なんでもないように、穏やかに笑って、それでも俺の肩を離さないかのようにきつく抱いて、あいつは言った。

「後は僕に任せて」

いつものように笑って。いつものような声音で。いつものような口調で紡ぎ出される言葉。なのに、どうしてこうも、頼りになるって感じてしまうのだろう。

ーーこれがリーダーってやつか

じっと、かなめの横顔を見つめながら思った。

「っ、なんなんだよてめぇは!」

完全に蚊帳の外だった男が、声を張り上げた。鉄の棒を動かそうとしてもびくともしない。かなめって、こんなに力強かったっけ。

「お兄さん、散々僕の青葉っちを傷めつけてくれたね」

誰がお前のだよ。声を出そうにも、かなめの見たこともない表情に息を飲み込むことしかできなかった。
いつも温厚そうなかなめが、冷ややかな、氷のような表情をしていたんだ。

「本来ならここで殺してやりたいんだけどね。青葉っちが見ているところでそんなこと出来ないし、早く彼の治療をしたいんだ。だから、“見逃してあげる”」

冷たい瞳で射抜かれ、男が小さく震えたのがわかった。ほんの一瞬。だが、かなめがそれを見逃すわけがなかった。

「この鉄を動かせない時点で、僕と君との力の差は火を見るよりも明らかだよね?痛い目に逢いたくないなら、ここで消えることをオススメするよ」
「うっ、うるせぇよ!!てめぇには関係ねぇだろ!それに、ここにいる全員で掛かりゃお前らなんてーー」
「ここにいる全員って、誰のこと言ってるの?」

聞こえた声に“え”と俺と男の声が重なった。声のした方を見れば、大きな荷物の上にまおが腰掛けていた。ニコニコと笑って、男を見やる。

「確かにあたしはこういうプレイも好きだよ、でもやっぱり仲間がこんな目に合ってたら黙っていられなーーキャァァア!かなめくん何やってるの!いいね!いいよ!倒れそうな青葉くんを抱きかかえてるかなめくん!キタコレ!かなあお!」

いいことを言っていた気がしたのは気のせいだろう。後半はただのまおだった。いや、最初からか。俺の冷ややかな視線にも気が付かず、まおはまだキャアキャア騒いでいる。

「なっ、お前らどうしたんだよ!」

男の声にまおから視線を外した。男が取り巻きの一人を揺すっている。みんな、倒れていた。唸っているものもいれば、ぴくりとも動かず気絶している者もいる。気が付かない間に、取り巻き達が皆倒れていた。

「ったく、どいつもこいつも弱っちいな。もっと骨のある奴いないのかよ」
「まぁ単なる不良だし、仕方ないんじゃないかな〜」
「アイラ…キッド」

暗がりで見えなかった倉庫の奥から、見知った二人が現れた。アイラが取り巻きの一人の胸ぐらを掴んで引きずっている。俺をみつけて、そいつは哀れ、地面に投げ捨てられた。

「おう、青葉。こんな奴らにやられてるんじゃないよ、まったく」
「あああ青葉くんんんん、無事みたいでよかったぁぁあ」

ダラシがないぞ、と呆れるアイラとは真反対で、キッドがその場でおいおい泣き始める。…あいつは本当に涙もろいな。

「あらあら大変。思ったよりも重傷ね。早く手当しないと」

アイラとキッドの奥から、郁羽が現れる。郁羽の言葉にキッドがまた泣き始めた。って、これ…チーム総出じゃないか。
迷惑をかけてしまった。申し訳無さに言葉が出ない。

「今この場に味方はいないよ、お兄さん。それでも僕達とやり合う?」
「っ…」

かなめの声が耳に入ってきた。どこか、頼りがいのある声。これが、俺達のリーダー、か。

「“見逃してあげる”。だからこれから、一生、青葉っちに近づかないで。もし近づいたらーー言わなくてもわかるよね?」

仲間の俺も背筋が凍るくらい、冷たい声だった。男は震え上がって、その場を走り去っていってしまった。
今まで変に緊張していたのか、肩の力が一気に抜ける。かと思えば、足の力も抜けた。崩れ落ちる体をかなめが支えてくれる。向こうでまおが叫んだが、無視しよう。

「青葉っち、ごめんね。遅くなっちゃって。痛かったよね」
「……大したことねぇよ。その…心配かけてごめん」

消え入りそうな声だったけど、みんなには届いたようだった。にっと笑って、“気にするな”と口々に言う。ああ、ほんと、お人好しな奴らだな。でも、今の俺にとってそれが有難くて心地よかった。
さて帰るか、とアイラが口にした。それぞれ自由に倉庫の出口へと向かう。俺も立ち上がろうとする、が、足に力が入らなかった。

「…、うわっ!」

突然の浮遊感。なんだなんだと焦る。目の前にオレンジ色の頭があった。かめだ。そこで今の体制に気がつく。おぶられている。かなめに。俺が。カッと顔が熱くなった。

「おっ、降ろせ!」
「いいけど降ろしたら今度はお姫様抱っこね!青葉っち、一人で歩けないでしょ!」
「〜っ」

そう言われれば大人しくするしかないではないか。くそうと悪態をつきながら、落ちないようかなめの首に手を回した。
倉庫の外に出れば、案の定、まおに騒がれた。…だから嫌だったのに。

月明かりと街灯が照らす道を歩いていく。かなめと、背負ってもらっている俺は、最後尾だった。前ではチームの仲間がのんびりと歩いている。
視線をおろせば、見慣れたオレンジ頭。ふと、脳裏にオウカの言葉が蘇った。『かなめの気持ちに答えたらどうだ』。

「…かなめ」
「なぁに、青葉っち」

声をかければ穏やかな声が帰ってくる。首に回した腕に、心なしか力が入った。

「…お前は、俺が好き、なのか?」
「好きだよ」

間髪入れずに答えたかなめに、少しだけ体が揺れてしまった。それに気づいているはずなのに、何も指摘せず続ける。

「好きだよ、だーいすき。愛してる。この世界の誰よりも僕はーー」
「俺は、」

かなめの言葉を遮った。かなめは何も言わず、俺が話し始めるのを待ってくれている。俺は、もう一度覚悟を決めて。

「俺は、分からない」
「…」
「俺は、お前のことが好きなのか、そうじゃないのか、分からない。だから、お前の気持ち…、答えられない」

広がった沈黙。それに耐えきれず“ごめん”と声を出した。謝った俺に、かなめがううんと首を振る。

「気にしないで。…ゆっくりでいいよ。ゆっくりゆっくり考えて、青葉っちの中で生まれた答えを僕は聞きたいな。それがどんな答えであっても、僕は受け止める。それまで僕は逃げも隠れもしないから、安心して」
「……、あぁ」

かなめの言葉が一つ一つ、俺の中に落ちていった。俺は、俺のペースで答えを見つけたらいいんだ。それまで、こいつは待っていてくれるから。

ーーなんだか眠いな

重くなってきた瞼に、意識が朦朧としてくる。かくんかくんと船を漕ぎ始めた俺に、かなめは穏やかな声で“寝ていいよ”って言った。こいつの背中で寝るのはしゃくだが、これは我慢できそうにない。ここはおとなしく寝るとしよう。

「…好きだよ、青葉っち」

完全に寝入る前、かなめの声が耳に入った。だが、返事をする前に俺の意識は完全に途絶えてしまったーー


(それは魔法のコトバ)

△▼△▼△▼

君が答えを見つける日まで、僕は君を愛し、君だけを見つめ、君のために生きよう。
君の答えがたとえ、僕が望む答えじゃなかったとしても、僕はそれを受け入れよう。
僕はーー君が好きだから。



Fin.





潤HAPPY Birthday!!!遅くなってごめんね!!!!


それは魔法のコトバ




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