「私の、昔話?」
「そうです」

ノエルが真っ直ぐ、私を見つめてきた。その瞳は純粋で、“ああ、綺麗な瞳だな”と頭の隅で思った。
私が返事をしないことに不安に思ったのか、慌てたように口を開いた。

「あ、えと!話したくないなら大丈夫なんです!ただ……」
「ただ?」

言葉を濁したノエルに聞き返す。が、ノエルはうつむいてしまった。言うべきか迷っているのだろうか。それにしてもうつむいてる姿も可愛らしいな、なんてまた頭の隅で思う。
ふと、ノエルが私の服を掴んでいるのに気がついた。少し目を伏せて、口を次ぐんで、目にうっすらと涙を滲ませて。

「(天使か)」

柄にもないがそう思わざるを得ない。崩れそうになる理性を何とか保ちつつ、ノエルに声をかけた。

「どうしたんだ?」
「その……腕…」

そこまで聞いて成る程なと思った。私は左腕がない。それに至るまでのことを、彼は聞きたいのだろう。
あまり良い話でもないが、と前置きをおいて、私は静かに話始めた。





あの日は強い雨が降っていた。雷が鳴っていたのを覚えている。雨と雷の音は、屋内にいる私たちの耳にも届いていた。

『……』

私のトレーナーであるキョウが見下していたのは、青い制服にPZと描かれた組織の一員。そう、あの組織だ。私たちがいたのは彼らが占領した建物だった。ポケモンの解放を求める彼らは、容赦がなかった。が、それよりもずっとキョウの方が容赦なく、恐ろしかった。

『……マイム、大丈夫か?』

戦闘に出ていたマイムに声をかけた。当時、マイムは仲間になってまだ時間がたっていない。
虚ろな瞳で、マイムはその場から動こうとしなかった。肩から血を流しているのにさえ、気がつかない様子だ。

『早く手当てしよう』
『て、あて…?』

きょとんと、マイムが虚ろな目を丸くした。ゆっくり、自分の手を見る。そこからは止めどなく血が流れていて、それにさえ驚いた様子だった。次いで、クスクスと笑い始める。

「はは、あはは……わからなかったや。怪我してたんだね……あははは、なーんにも感じないや」

マイムはその時、既に痛みを感じない体だった。笑い続ける彼女を押さえて応急処置をする。手当てしている間も、彼女は笑ったままだった。

『ねえ、ヴォートさん?どれだけ強い衝撃を受けたら、痛みを感じられるかな?』
『……』

答えることができなかった。あまりにも、彼女が痛々しすぎたから。

『…ヴォート、マイム…』

ぼそりと、だけどはっきりとした声が届いた。キョウだ。少し先で立ち止まっている。急いで彼のもとに行こうと走った。マイムはそのあとをゆっくりと歩いて追いかけてくる。

『…マイム!』

普段声をあげないキョウの、焦ったかのような大声。はっとなって振り返ると、マイムの後ろに目映い光があった。破壊光線だ。先程負けた組織の一員が、違うポケモンに命令したのだろう。まさかもう一匹隠し持っていたとは。

『逃げろ、マイム!』

叫ぶも、マイムは動かない。破壊光線の光を見て、笑った。

『これなら、痛みを感じられるかな?』

聞こえた声にいけないと思ったら、体が勝手に動いていた。

体に衝撃が走る。

気がつけば、私は仰向けに倒れていた。パタパタと顔に涙がかかる。焦ったような表情のキョウに、涙を流しているマイムが視界一杯に広がっていた。左腕の感覚がない。目だけ動かしてみれば、ああ、なるほど。ないのも当たり前か。だって、左腕自体が、無くなっているんだから。



「、とまぁこんな感じで、私は左腕を失ったんだ」

今はない左腕。だがそれは私にとって仲間を守った証しでもあるのだ。そんなこと言えばきっとディムあたりに“自己犠牲”等と言われそうだが、強ち間違ってはいない。

「腕こそはなくなってしまったが、その分、マイムの命が救われたんだ」
「…」

黙ってしまったノエルに、やはりあまり良い話ではなかったなと、彼の頭を撫でた。

「すまないな、嫌な話を――」
「……れ、」
「ん?」

聞き返したところで、ノエルの瞳からパタパタと涙が流れていることに気がついた。慌ててどうかしたのかと問いかけるも、ノエルは必死に涙を拭って嗚咽にも似た声をあげる。

「俺…、最低だ…!なんで…!なんでこんなこと思っちゃってるんだろ…、ごめんなさい、ヴォートさん…………ごめんなさい、」

俺のヴォートさんなのに、

そう思っちゃってるんです。


何とか言葉を繋いだ様だった。私の服を必死につかんで、声を押し殺して泣いていた。話してしまった罪悪感と、嫉妬してくれているという嬉しさが同時に私を襲う。
気がつけば、体が動いていた。あの時のように。
額にキスを落とした。そして、頬を伝う涙を舐めとる。びくり、ノエルの肩が小さく揺れた。目を丸くしているノエルを抱き寄せる。私の肩に顔を埋めたノエルに、出来るだけ優しく言った。

「キスをするのも、こうして抱き合うのも、共に寝るのも。お前だけだ、ノエル」
「…っ、」
「…私がお前のものなら、当然、お前は私のものなのだろう?」
「…~~~っ」

耳まで真っ赤にしたノエルが、こくこくと頷く。その様子にクスクスと笑って、よりいっそう強く抱き締めたのだった。



(君と僕との距離はゼロ)

ノエルくんお借りしました!
寝るってのはあれのことです()


君と僕との距離はゼロ




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