長い航海から帰ってきた。仲間は誰一人傷ついていないし、船内に宝は山積み。今回も無事、俺達はこの港に帰ってこれた。
何時もならみんなが出迎えてくれてそこから宴、って流れだが今日はもう夜遅い。流石にみんな寝入ってしまっていて、それを起こさないよう俺達も今日は眠りにつくことにした。

の、だが。

「………寝れねぇ」

船長室でぽつりと呟きが漏れた。
妙に目が冴えてしまっていて、夢に落ちることが出来ない。“仕方ない、酒でも飲もうか”と小さく息を吐いて、俺は船長室を後にした。
耳を済ませば船内からは鼾が聞こえてくる。みんな寝てるだろう。こんな夜中に俺の晩酌に付き合わせるわけにもいかない。俺は一人、酒場へと足を向かわせた。

*****

酒場に入ると見知った後ろ姿を見つけた。青い髪の男だ。珍しい。彼がこの港に、ましてやこんな夜中に現れるなんて。
カウンターで一人飲んでいる彼に、近寄って俺は声をかけた。

「よお、久しぶりだな。グライト」

青い髪の彼は振り替えって、それから驚いたように目を丸くした。

「蒼刃か? お前、帰ってきてたのか」
「あぁ、ついさっきな」

にっと笑って言うと、グライトは“そうか”とだけ呟いた。
こいつは俺の友人で、ラムパルドのグライト。俺が“名前”で呼ぶ、数少ないうちの一人だ。
今まで何度か一緒に酒を飲んだことはあったが、まさかこの港の酒場で出会うとは思っていなかった。理由は簡単。こいつが地面タイプだからだ。地面タイプだから、海、つまり水が近いこの場所には近づかないと思っていた。

ガタリと音をたててグライトの隣に腰掛ける。ちらり、こちらを見てきたがなにも言わないで酒を喉に通していた。
それを気にせず俺も店主に酒を頼む。店主はニコニコ笑いながら頷いて酒を用意してくれた。

「最近、どうだ?」

突然グライトから質問され驚いてしまった。いつも俺から話しかけるばかりだったからだ。決してグライトが無口だって訳じゃない。俺がお喋りなだけだ。
一瞬反応が遅れたがすぐに気を取り直して、“あぁ”と言葉をこぼす。

「いつも通りだな」
「そうか」
「あんたはどうなんだ、グライト?」

逆に質問してやると、俺も、と短く返された。
沈黙が広がる。
俺はこの沈黙が嫌いではない。名前で呼べる友人が(しかもかなり気が利く)隣にいるだけで、心なしか落ち着くのだ。きっと年齢も近くて案外気が合うからだろう。
そんなことを頭の片隅で思っていた時だ。
店主がサービスだとちょっとしたつまみを出してくれた。店主に礼を言って、つまみを口にする。ピリ辛でこれは酒が進むな、と思いながらふと、思い出したかのように俺は口を開いていた。

「……――また、あんたの飯食ってみたいな」

ほぼ無意識だったと言ってもいい。
グライトの料理の腕はピカ一だった。俺も多少は料理出来るのだが、グライトの足元にも及ばない。
グライトは時たま飯を作ってきて、さらには酒をもって現れることがある。その時はよく、俺の気に入りの場所で酒を酌み交わしていた。と言っても、最近はお互い忙しい身でもあるために会うことも少なかったのだが。
俺の呟きを聞いてか、グライトがくすりと笑った。

「言ってくれりゃ、何時でも作って持っててってやるよ。なんなら酒もつけようか?」
「はは、そいつはいいや。あんたが持ってきてくれる酒に間違いはねぇもんな」
「まぁ、あんたと酒を酌み交わしたら二日酔いが激しいんだけどな」
「なんだよ。あんた何時も途中で寝ちまうじゃねえか」

最後まで付き合ってくれたことなんかないだろ、

そう言えば、グライトは笑ながら“ザルのあんたと最後まで飲めるかよ”と言った。
確かに、そう言ってまた笑った。

それから世間話や昔話に花を咲かせて気がつけば外が段々と白んできていた。
店もそろそろ閉店だ。
店主に二人分の金を渡して、二人で店を出る。
グライトが隣にたって頭をかいた。

「悪いな、奢らせて」
「気にすんなって」

笑って返してやれば、今度は俺が払うから、と言ってくる。そんなのいいのに、と思いつつも次会ったときは言葉に甘えるとしよう。

さて、そろそろ帰らなければまた部下達がうるさい。

「じゃあ、そろそろ帰るよ」
「あぁ。俺も早く帰って朝飯作らねぇと

「苦労人」
「まったくだ」

くすり、二人で笑いあう。
じゃあ、そう言って踵を返し歩き始める。久々にあえてまだまだ話足りないが仕方がない。

「蒼刃」

ふと、グライトに名前を呼ばれて足を止めた。振り替えると、グライトが“言うのを忘れてた”とにっと笑う。


「おかえり」


そう言って、グライトは踵を返した。返事はいらないってことか。だんだんと明るくなっていく周りに、小さくなっていく友人の背中。次会えるのは果たして何時になるやらわからない。
まぁ、そのうち、きっとまた会えるだろう。

もう見えない彼の背中に、小さく声を投げ掛けた。


「ただいま」




(空は雲ひとつない快晴)


夜鬼様宅 ラムパルド♂/グライトさん
お借りしました!


雲一つない快晴




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