どんなことをしたとしても、時間は進んで行くもので。
気がつけば夏休みも文化祭も体育祭も終わってハロウィンの時期になっていた。
あの日、リルという魔法使いに教えられた、ジャックの最期がすぐそこまで迫っていた。
あたしがどれだけその日がこないよう願っても時間は無情でどんどん流れていった。そして、ハロウィンの日がやってきた。
あたしは毎年のようにジャックが現れる大木に行った。あの黒い奴らはいないし、葵紀というメドゥーサだって現れない。良いことなんだけど、なぜかそれが悪いことの前触れだと思ってしまった。
「また、来てくれたんだね」
ジャックはやはり同じ格好でその木の幹に座っていた。右手にランタンを持ってあたしに微笑んでくる。
あたしが浮かない顔をしているのに気がついたのか、ジャックが首を傾げた。
「どうしたのー?wwwww」
「あんた……、もうすぐ消えちゃうって本当なの?」
言うと、ジャックは驚いたように目を丸くした。きっと、彼はあたしに言う気はなかったんだ。だから、こんなにも驚いてる。それから困った顔になって、ジャックはあいている方の左手の指で頬をかいた。
「誰がそんなこと言ったのwwwww」
「リルさん」
「リルちゃんったらもう……wwwwww」
大袈裟にため息をつく振りなんてするから、イライラしてきた。なんで、なんでそんなに。
「なんでそんなに笑ってられるの? もうすぐ消えるんだよあんたは!」
「わかってるよ」
「なら、なんで……笑ってられるのよ……」
目頭が熱くなった。鼻がつんとする。
こぼれ落ちてきた涙を乱暴に拭って、ジャックを仰ぎ見た。そこには依然としてあたしに向かって微笑んでいる彼。ジャックが胡座をかいたのと同時ランタンがカランと音を立てて揺れる。その動作を見ていたら、何となくわかった気がした。彼は、もう諦めているんだ。
「俺のために泣いてくれる人、久しぶりだなwwwww」
「だっ、誰があんたのために……! これは目に……、そう! 目にゴミが入っただけなんだから!」
「ならそうゆうことにしといてあげるwwwww」
クスクス笑うジャック。そのたびに、ランタンがカラカラ揺れた。
ふと、ジャックが笑いを止めて視線をこちらに向けてきた。なに、と目で言うとジャックは″あのね″と話を切り出した。
「俺の本当の名前は―――」
「見つけた」
ジャックの言葉は続かなかった。空から何かがすごい速さでジャックの頭上へ向かって落ちてきたから……違う、″降りてきたから″だ。ジャックは間一髪で跳んでそれを避けた。あたしの前に着地すると、厳しい顔つきで空からの来訪者の方へと視線をむけた。
木の幹に立っていたのは、黒ずくめの男だった。長い黒のマフラーに悪魔みたいな尻尾。それに、背中には悪魔みたいな真っ黒な翼。男の人がジャックを見て静かに笑った。その笑みは酷く冷たくて、赤い彼の瞳が余計に恐怖を煽った。
「やっと見つけたぞ、ジャック・オ・ランタン」
低い声が辺りに響いた。その声にあたしは背中にいやな汗が流れるのがわかった。
「久しぶりだね」
「あぁ。かれこれ500年振りだ。いや、俺がお前の魂を追いかけて600年は経つな」
男の人の言葉でわかった。彼は悪魔だ。ジャックの魂を狙っている、例の悪魔。悪魔がすっと幹から降り立った。ジャックはその場を微動だにしない。
「あれから10年経ってすぐにお前を探しに行った。だが見つからなかった。お前がランタンをなるべく輝かせないよう、音を立てないようにしてきたからだ。だがここ10年、突然それは変わった」
悪魔は話しながら一歩、また一歩と近づいてくる。ジャックはその場から動かない。ふと、悪魔が足を止めてあたしに視線を向けてきた。
「人間に取り入られたな」
″こちらとしては都合の良いことだが″
そう言ってまた悪魔が此方へ足を踏み出し始めた。
「ジャック」
「大丈夫だよ」
名前を呼ぶと、ジャックが振り返ってあたしに微笑んできた。何が大丈夫なのよ、言い返したかったけどジャックはすぐに悪魔の方へと顔を向けた。
「ジャック……!」
だめだ、だめなんだ。悪魔がくる。悪魔にジャックの魂をとられてしまう。
″悪魔にジャックの魂を奪わせたらだめだ″
リルさんの言葉が脳裏によみがえった。
「ジャック!」
「!?」
気がつけばあたしはジャックの腕をとって走り出していた。悪魔が驚いたような顔をしていたけど、気にとめてられない。ジャックを引っ張って林に向かって全力疾走する。後ろでジャックがあたしの名前を呼んで止めようとするけど、止まるものか。
「勝手に……諦めてんじゃないわよ!」
そう叫んで、林の中にダイブしようと足を速める。
「うわっ!」
何かが足に絡みついてきた。反動で倒れたあたしに続き、ジャックも引っ張られてか倒れ込む。足をみると、緑色の縄がからみついていた。いや、違う縄じゃない。″髪″だ。
「忌々しい人間をみすみす逃がすものか」
聞き覚えのある声に髪の先をみた。そこには予想したとおり、葵紀さんが腕を組んで笑っていた。足に絡まっていた髪が、きつく圧迫してくる。
「っ……!」
「痛いか? ふふ、このまま脚を折ってやろうか」
至極楽しげな声。葵紀さんは笑いながらあたしの足に絡みついた髪を食い込ませてきた。このままじゃ本当に折れてしまう。
「!?」
隣から、ものすごい嫌な感じが伝わってきた。みるとジャックがランタンを片手に立ち上がって葵紀さんを睨んでいる。
「葵紀ちゃん、この髪ほどいて」
ジャックの声は今まで聞いたことがないくらいに低く、それでいて冷たかった。
葵紀さんが一瞬たじろぐ。その瞬間をジャックは見落とさなかった。おいうちとばかりに一歩足を踏み出した。
「早くしてよ、俺だって葵紀ちゃんのきれいな髪、燃やしたくなんかないんだからさ」
ふっと笑っているジャックは怖くて、足の痛みなんか吹っ飛んでいた。やっぱり、彼も人間じゃないんだと改めて実感する。足から葵紀さんの髪が解けていった。かと思うと、次は隣にいたジャックを縛り上げる。
「な、にが燃やしたくないだ! 貴様にもう力は残っていないだろう!」
ギリギリと音がでるくらいきつく縛り上げられているのにも関わらず、ジャックは表情一つ変えなかった。
ふと、ジャックの持っていたランタンがよりいっそう輝きはじめた。
「力、あるよ。一回しか出来ないけどね。ここで君を殺すだけなら十分だ」
ジャックの周りがランタンの輝きに包まれた。″まさか″と葵紀さんが小さく声を上げた。その場がどんどん熱くなっていく。これが、ジャックの力なのか。葵紀さんの髪から小さな煙が上がった。そのときだ。
「駄目ですよ」