「まったく、騒がしいから来てみたら……」
時雨は小さくため息をついた。時雨の足下には制服をきた少女が気を失っている。そして、そのそばには赤黒い何かが無造作に捨てられていた。
騒がしくなった林に、原因を突き止めてやろうとわざわざここまでやってきたのだ。そこで時雨が目にしたのは、まさに首を食いちぎられそうになっている少女だった。普段ならばそんなもの見捨てるのだが、その少女は特別だった。ジャックのお気に入り。それは、時雨を動かすには十分すぎる理由だった。
「横取りだ」
「それは俺たちの獲物」
「かえせ」
「かえせかえせかえせかえせかえせ」
時雨の周りの黒いものたちが、口々に罵声を浴びせ始める。それをものともせず、時雨は少女を一瞥してから黒いものたちに言った。
「彼女はジャックのお気に入りですよ。それに手を出したりしたら……わかるでしょう?」
「ジャックは怖くない」
「あいつはもう力ない」
「あいつは弱い」
「あいつはもう終わる」
″あいつはもう消える″
そう言いきった黒いものたちに、時雨は冷たい視線を送った。
「馬鹿な人たちですね。ジャックのお気に入りに手を出すと言うことはジャックを怒らせること。ジャックを怒らせるということは、魔狼(まろう)三兄弟を怒らせることと同じことなのですよ」
時雨がありったけの冷たい口調で言ってやると、黒いものたちがザワザワとざわめき始めた。ついで、ゆっくりとその場を離れていく。
「魔狼怖い」
「フェンリル、容赦ない」
「ハティに捕まりたくない」
「スコルに焼かれる」
「怖い、恐い」
″恐い、恐い″。
呟きはだんだんと小さくなっていく。
やがて、何も聞こえなくなって時雨はまた小さなため息をついた。
「鉄冶、いるのでしょう。手伝ってください」
「時雨ったら、本当に鋭いな」
草むらをかき分けて、銀色の髪をした男が現れた。鉄冶と呼ばれた男の腕は、白い骨。皮も肉もついていない。
時雨が何かを言う前に、鉄冶がその白い骨の腕で少女を抱き上げた。
「相良のところでいいのか?」
「ええ。頼みましたよ」
頷いた鉄冶は、その場を後にした。
一人残された時雨はすっとまるで滑るかのように草むらの中へと入っていった。
「″もうすぐ消える″、ですか」
黒いものたちがいった言葉を思いだし、口に出した。その意味は、誰もがわかっていることだ。あの少女以外。
手練れの魔女の子供とやらがどうにか消える進行を遅らせているようだが、それも長くは持たないだろう。ハロウィンの夜にしか姿を現せないということが、彼に力がほとんどないという歴とした証拠だ。
「彼が消えるのが先か、悪魔が彼を消すのが先か」
どちらも、あの少女にとっては何も良いことではないんだろうな、静かになった林の中足のない青い髪の少年は思った。
(The things of the other world)