ESP Vs. killer | ナノ




一話 【???】


1話
世の中には合法と非合法の二つがある。どちらが違法かと聞かれれば、万人は口を揃えて非合法だと言うだろう。聞くまでもないね、とある若者は笑いながら答えていた。そんな若者に「これは合法の薬だ、サプリメントとでも言おう」などと囁いて薬を買わせる会社がある。
非、合法的な薬は、若者を中心に流行っていた。合法の薬だ、体にいい薬だと服薬した者たちは口を揃えて言った。

「結局のところ、合法だとか非合法だとか、関係ないんだよ」

 男は暗がりの中で小さく笑った。「そう、関係ない」

「だって、薬は薬なんだから。合法でも非合法でも私の薬は彼らに求められている。求められているから私は薬を作る、そして君たちがそれを売り払う。ほら、関係ないだろう」

 長く細い人差し指をくるくる回しながら男はパイプイスに腰掛けた。錆びついたパイプイスがギシリと音を立てる。優雅に足を組めば、男が着ている服のスリットから長く程よい筋肉のついた足が顔を出した。
 部屋には多種多様な薬品が置かれていた。ここは男の研究室だ。何を研究しているか、など簡単な質問だ。「若者が求める非合法な薬」の研究、それが男の研究だった。
 鼻をつく薬品の匂いにも気に留めず、来訪者はパイプイスに座った研究者を見つめた。

「やっぱり君のお話は面白いね。変に自信に満ち溢れている」
「自信も何も、私はそう思ったことを言っているだけなんだけどね」
「そこだよ、まさにそこ」

 来訪者は男に指を向ける。といっても来訪者の指は長い袖によって見えないのだが。「そこが自信に満ち溢れている」

「そこ、と言われても。私にはまったくわからないんだが?」
「関係ない、君はそう言ったでしょ?」
「ああ、そうだね」
「非合法的な薬を作って、それを売り払って、お金をもらって。立派な犯罪だ。犯罪テストがあればまさに百点満点即合格、くらいの犯罪行為だよ」

 クスクスと笑ってみせる来訪者の次の言葉を男は待った。ちらり、備え付けてある時計を見やる。午後十一時五十八分。

「そんな犯罪行為を君は関係ないの一言で終わらせるんだから、面白いでしょう? 僕は面白いと思うよ」
「そうかい。君がそう思ったのならば、先ほどの私の言葉は面白かったのだろうね」
「うん。でもさ、この後はもっと、もーーっと面白いことが待ち受けてそうだよね?」

 楽しみだなぁ。来訪者がくるくると回る。先ほどの男の指を表現するかのようにその場でくるくると。華麗にステップを踏んで、踊っているかのように回る。
 男はちらりとまた時計を見た。午後十一時五十九分。あと少し。秒針がゆっくりと時を刻んでいく。
 ぱたりと来訪者が動きを止めた。背中を向けたまま、声を放つ。その表情はうかがえないが、楽しそうに口角を釣り上げているのだということは声音から分かった。

「君はさ、超能力って信じる?」
「どうしたんだい、いきなり」
「信じる? 信じない?」
「そうだね。研究者としては信じたくなどないけれど、今の私の答えはこうだ。信じるよ。超能力は、それを扱う異能者は存在する」

 超能力など非科学的なものだ。研究者である男がそんなもの信じるわけがない。そう、つい最近まではそうだった。この会社を襲ったあの集団が、目の前の来訪者の力が、それを何よりも証拠付けているのだから。
 秒針が真上を指した。日付が変わった。男はパイプイスから立ち上がり、奥にある研究机に向かっていった。机の上に無造作に置かれた資料たちの横でこっそりと立っている日めくりカレンダーを手にする。ゆっくりとページを捲ると、真っ赤なペンで描かれた天使の様な模様が目に入った。
 プルルル。
 研究室に電子音が響き渡った。音の発信源は来訪者の携帯電話。長い袖はそのままに器用にポケットから電話を取り出して通話ボタンを押す。そのままスピーカーのボタンも押して、男にも聞こえるよう準備した。「もしもし?」

「私だ」

 電話越しから凛とした声が流れてきた。筋の通った美しい女の声は、しかし、どこか冷たく来訪者への蔑むかのような声音にも聞こえた。

「やぁ、元気かな?」
「挨拶はいらない。約束通り、私達は自由に動かせてもらうぞ」
「うん、構わないよ。君たちがどう動こうと僕たちにデメリットはないから。君たちが彼らを潰してくれるのなら、気にしない」

 だって、来訪者は続ける。

「君たち警察がどう動こうと、僕たちには「関係ない」ものね」

 にっこりと笑いながら来訪者は男を見る。挑発するかのようなその笑顔に男は小さく肩をすくめるだけだった。
 ちっ、電話越しから女の舌打ちが聞こえてくる。

「あまり、奴等を信用しないことだ。金で動く殺し屋なんてな」
「ご忠告どうもありがとう。でも彼らは腐っても僕たちの同業者だ。僕たちの会社のことは知っているし、逆らったらどうなるかも知っているよ」

 多分だけど、そう付け加えればまた舌打ちが返ってきた。
 女はそれ以上何も言わず、通話の電源を切った。プープーと無機質な音が響いたのを確認して、来訪者も電話を切り携帯をポケットにしまう。流れるような彼の動作を見守ってから、男はまたパイプイスに座りなおした。ギシリ、音が鳴る。
 「さてと」来訪者が踵を返す。部屋の扉を押しながら、彼は顔だけ振り返った。

「それじゃあ、僕は行くね」
「ああ、面白い土産話を期待しているよ」

 にこりと来訪者は年相応の子供らしい笑顔を向けて、部屋を後にした。
 一人残された男は奥の机を見やる。机の中心、日めくりカレンダーに描かれた天使のマーク。

「私も、仕事をするとしようか」

 呟いた男は腰を上げた。棚に置かれた多種多様な薬品を手に取る。彼の薬を待っているものがいるのだ。合法でも非合法でも関係なく、彼には求める者たちへ薬を提供するという仕事があるのだ。

非合法的な薬を若者たちに「これは合法な薬だ」と囁き売りさばく会社がある。薬の袋には必ず、赤い天使の様なマーク。
彼らは業界最大規模を誇る企業。

名を「アンジェロ(天使)」といった。






prev next

[しおり/戻る]