【ロゥ】




彼には沢山の兄弟がいました。
血が繋がっているのは兄と妹だけでしたが彼にとってみんな大切な兄弟でした。

彼はとても気の弱い性格でした。
いつも兄と妹に引っ付いていてみんなと遊ぶ事もしませんでした。

ある日彼は気が付きました。兄弟が減っていたのです。


彼が住んでいたのはどこかの街の研究施設でした。何の研究かは分かりません。シンカのケンキュウと兄は言っていました。居なくなった兄弟はきっとケンキュウに使われたのだと。彼はよく分かりませんでした。それでいいんだよ、と兄は優しく頭をなでてくれました。

やがて彼はある少年に出会います。


少年は研究施設の室長の子供でした。名前はユウと言うらしいです。ユウは優しくていつも笑顔でした。

兄弟達はすぐにユウの事が大好きになりました。でも彼は気が弱かったために中々ユウと仲良くなれませんでした。そんな彼をユウはいつも心配していました。

そんなある日彼は兄弟が殆どいない事に気づきました。


みんなケンキュウにツカワれたのだろう。彼はそう考えました。意味はよくわかりません。

その夜、彼は施設の人間に連れられよく分からない部屋にやって来ました。
分からないまま、それ突然始まりました。体中に激痛が走り彼は大声で叫びました。まるで中から攻撃されているかのようです。
やめてと、痛いよと叫んでも人間達は止めてくれませんでした。
何か楽しそうに会話をしながらこっちに見向きもせず、灰色の箱を見ていました。

「ブイッッ!!」

聞き覚えのある鳴き声が聞こえました。
涙で霞む視界で声の元を探せば、兄がいました。兄は人間達に襲いかかって、灰色の箱を壊していました。やがて彼の体を襲っていた痛みは消えました。
兄が近くにやってきて心配げになめてくれます。
嬉しいはずなのに、彼は何も感じませんでした。

彼は幸せな感情を失ってしまったのです。

それ以降、彼の生活はこれまで以上に辛くなりました。兄と妹といたら楽しかったはずなのに、全く楽しくないのです。
兄に褒められたら嬉しかったはずなのに、全く嬉しくないのです。
でも悲しみだけは彼の中に有り続けました。怒りだけは憎しみだけは負の感情だけは彼の中に留まり続けました。

兄弟達はどんどん居なくなりました。彼のように生きて帰れた兄弟もどこか変わっていました。
ある夜、彼と兄は妹がいないことに気が付きました。
まさかと、急いで兄とともにあの部屋へ向かいます。
妹はやはりそこに居ました。耳が痛くなる声で泣き叫んでいたのです。すぐに助けないとと兄が駆け出しました。ですが、途中で見えない壁にぶつかってしまいます。壁は頑丈で兄の技でもびくともしません。
この壁は以前兄が彼を助けた事によってそれを阻止するために作られたものでした。
妹は叫んでいました。助けてと。痛いよと。
兄とともに彼は叫びました。やめてと。妹を返してと。
その叫びは妹が動かなくなるまで続きました。

それから彼の生活はもっと楽しくなくなりました。最愛の妹を目の前で失い兄も彼も毎日泣いていました。
みんなでユウに相談しようと決めました。言葉は通じませんが、きっと彼ならわかってくれるはずです。ですが肝心のユウは暫くみんなの前に姿を現しませんでした。

そうして、兄弟は減っていきます。

兄の番がきました。
彼は唯一の肉親を失くしたくない気持ちで、近寄る人間達を攻撃しました。それでもまだ子供の彼の攻撃など人間達には効きません。兄は連れて行かれました。最後、兄は言いました。

「強くなれ。いつかお前にも大切な仲間ができる。仲間を守れるくらい強くなれ」

そして、兄が帰ってくることはありませんでした。
彼は泣きました。泣いてないで泣いてないて、気がつけば兄弟は9匹だけになっていました。その9匹全てが、運良く生き残った者たちでした。
ああ、きっと明日は僕だ。
彼は思いました。
今度こそ殺されるのだと。兄や妹のもとに行けるのだと。嬉しい気持ちなんてないはずなのに、彼は嬉しさで震えていました。

次の日、研究施設に青い服の人間達が沢山入ってきました。人間達は研究施設の人間達を捕まえて何処かに連れていきます。施設の騒がしい音がなくなってから、あの少年がやって来ました。
暗い顔で少年はその場に立って頭を下げます。
なんて言っているのか聞き取れませんでした。
でも皆はぴゃあぴゃあ泣きながら少年の元に駆け寄っていきました。少年は8匹の兄弟達を抱きしめて泣いていました。彼はその光景をただ見つめていました。

やがて兄弟達はみんな青い服の人間達に優しく抱きかかえられ居なくなりました。あの人間達なら大丈夫だと彼は思いました。彼に人間が近づいてきます。彼は震えました。そしてその人間を拒絶します。こっちに来るなと牙を見せつけて威嚇します。人間は困ったように頬を掻いていました。するとそこへ少年がやって来ました。

「あの子はオレに任せてもらえませんか」

人間は暫く考えたあと、少年と彼を残して去っていきました。
彼は少年を睨みつけます。ぴゃあ、と威嚇の声を出しました。
少年が目の前にやってきて膝を付きました。彼はいつでも襲いかかれる準備に入ります。

「ごめんね…」

聞こえた言葉に彼は驚いて固まりました。その隙に少年が彼を優しく抱きしめます。

「ごめんね…早く、早く気づいていれば君の兄弟を助けることができたのに…」

少年はポロポロと瞳から水をこぼしていました。彼はそれを不思議そうに見つめます。

「オレの父さんのせいで……!助けてあげられなくてごめんね……。辛かったよね、怖かったよね」

怖い、という言葉で彼はハッとしました。さっきの震えも毎晩のように震えていたのも、嬉しさや怒りでではなく、恐怖が原因だったのだと気がついたのです。
怖かったのです。

「オレが…オレのせいで………ッッ!!!」

ポロポロポロポロ。
少年の瞳から水が流れ落ちます。彼はそれをペロペロとなめました。水はとっても塩っぱくて、でも彼は舐めるのをやめませんでした。

「ありがとう…やっぱり、君は優しいんだね…。君のことは覚えてるよ…、あの時は中々仲良かなれなかったけどわかってた…君はとっても優しい子だって」

ぎゅっときつく抱きしめられました。暫くして、少年は彼を優しく地面に降ろしました。そして何かを決意したかのような表情で、言いました。

「ねぇ、オレと一緒に旅をしない?」

旅?と彼は首を傾げました。

「オレはもう二度とこんな悲しいことを起こしたくない。その為には強くならなきゃいけない。大切な友達を守れるくらい、強くならなきゃいけないんだ」

少年の言葉に彼は目を見開きました。だってその言葉は兄が言っていたものと全く同じだったからです。
強くならなきゃ。
彼は思いました。

「だから、オレと行こう」

差し出された手を彼はぴゃあっと鳴いて飛びつきました。

「これからよろしくね、……ロゥ」









(君は光で僕は影)



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