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epirogue


「これで、よかったのか」

苦々しい顔とともに、遥彼が呟いた。眼下では人形達が笑顔で走り回っている。有名な人形師に出逢って、大切に扱われて居るようだ。三人の笑顔が眩しかった。

「必然、それは変えようがない」

兄の言葉に空遥が表情を変えずに呟いた。遠くの方では小さな煙突のものであろう煙が上がっている。グールと人間の夫妻がそこで暮しているのだ。いろいろと問題はありそうだが、懸命に暮らしていた。

「必然、必然って、オマエはそれしか言えねぇのかよぉ」
「欲しい欲しいしか言えないよりはましかと」
「それオレのことか」
「他に誰が?」

この言葉の押収もいつも通り。違う点といえばやはり、二人の中にある魔力だろうか。
七人全てが揃った大罪の悪魔は、失っていた力を取り戻した。その力によって、時を操る悪魔ーー暴食の空遥が世界の時間と、悲しくとも前の怠惰が作り出した魔具に選ばれてしまった者達の時間を戻したのだ。世界はいつも通り進み、選ばれてしまった者達は魔具に出会うことなく、希望のある未来へと進み始める。

「おいブス。ちょっとあの人形師の時間止めてくれよ」
「嫌です断固拒否します」
「あ?何でだよ!あの人形師が持ってるネックレスをちょろまかすだけだろ!」
「言い方変えただけで結局は欲しい欲しいですか。馬鹿ですね、いや子供?」
「んだと!?喧嘩売ってんのか!?」

今にも掴みかかろうと手を伸ばしたが、それはあっさりと躱される。そしてそのまま、空遥は『馬鹿が移ります』と心底いやそうな目をして、消えていってしまった。
残された遥彼は、あぁあ!と叫び頭をかきむしる。なんて生意気な妹なんだ!と叫びながら、彼もまた消えた。
悪魔が消えた森では、静かな木々の音がその場に響いていた。









楽しげに会話をする人魚の少女と紫の髪の男を、空から見下ろした。姿を消す魔法を使ってはいるが、きっとあの男たちには気が付かれていることだろう。その証拠に側で横たわっている大きな狼が、こちらをじっと見据えている。そんな狼に何やら囁いて、時折男がこちらに笑みを浮かべてくるのだ。
食えない奴らだなぁと蒼刃は頭の隅で思った。
ひゅっと静かな音がして、背後に気配が現れる。知った気配に、顔は向けず声をかけた。

「どうしたんだい、嫉妬さん」
「その呼び方は辞めてくれといっただろう、蒼刃」
「あはは、悪いねぇ。で、何か用かい?エリー」
「いや…」

少し言い淀んだ彼女に、ああなるほどねと理解する。
彼女がやってきたのは、彼のことを聞くためだろう。第二の席、傲慢の悪魔ーーハルトマンのことだ。彼は唯一、新しい怠惰を否定した悪魔だった。しかし、賛成5の反対1で可決。あの不死鳥は悪魔になった。第一の席、怠惰の悪魔に。それを知って、ハルトマンは姿を消したのだ。大罪の悪魔全員、彼の居場所を突き止めることができなかった。

「お前は、奴と戦ったのだったな」
「あぁ。一回取り逃がして、あの人魚の嬢さんを殺られちまったけどな」
「その後、また戦ったのか?」
「まぁな。あいつが一番、計画に危害を加える存在だったからさ。足止めってやつだ」

正直、力の半分も出せていない状態で勝てる見込みはなかった。ハルトマンは魔術に優れており、いくらか威力が下がっていたとしてもそれは強力だ。対して蒼刃は武術派であり、魔術は使えないが、魔力を武器に宿して魔術の相殺を得意としていた。だが、力の半分がだせなかったあの時、魔術相殺が使えなかったのだ。

「あいつ、本気で殺しにかかってきたんだ。ほんと…力が戻らなかったら死んでたかもな」
「笑い事ではない。ここで色欲までも失うわけには行かないからな」
「あはは、俺の心配してくれるのかいエリーさん」
「お前ではなく第四の席の心配だ」
「それでも結局は俺の心配、だろ?」

振り返り笑顔を見せれば、エレオノーレが深いため息をついた。おや、と首を傾げた蒼刃の頭に拳骨がひとつ落ちる。危うくバランスを崩して落ちるところだ。頭を抑え痛みに耐えていると、エレオノーレが小さくつぶやくのがわかった。

「誰でも愛せるお前が羨ましい」

私にはあの人だけだったのに。

その言葉を聞き、すっと蒼刃の目が細められた。エレオノーレから視線を外し、空を見上げる。雲ひとつ無い青に向かって、心の中で呟いた。

ーー俺だって一人しかいないさ










「………、あのさ」
「………」

歩けばついてくる。
座れば一歩後ろで待機。
横になれば足元近くで正座。
どこに行っても何をしてでもついてくる始末。お前は雛鳥か。

「そんなに付き纏われたら、気が散って昼寝もできないんだけど」
「………」

何を言ってもこれだ。無言。返す言葉なし。
俺が悪魔になる時、こいつ喋ったよな?あれはもしかして幻聴だったのか?
それはいいとして、こんなにも付き纏われたら本当に落ち着かない。誰かが側にいるのが落ち着かない。…ずっと、一人だったから。

「……憤怒」
「………」

反応なし。

「……ギルバート」
「……」

僅かに肩がはねた。そしてビシッと立ち直る。なんだ、お前は忠犬なのか。こいつのどの辺りが憤怒なのか皆目検討もつかない。
また歩き出す。一歩後ろを着いてきた。
はぁとため息をついた。
なんだか、この感覚久しぶりだ。
誰かと一緒って、こんなに暖かいんだな。誰かと一緒って、こんなに落ち着くんだな。いや、過度すぎて落ち着かないわけだけども。
困っていたはずなのに、なんだか楽しくなってきた。
よし、午後はこいつを付き合わせてトランプでもしようか。
見上げたそこは、もうあの時のような真っ暗闇ではなかった。目に焼き付くような、真っ青な世界。背中から生える黒い翼と空の青がミスマッチだけど、気にしない。
晴れた空はまるで、俺の心を現しているかのようだった。





(運命を受け止めた悪魔達のお話)



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