小説 | ナノ





声が聞こえた気がした。
ひどく懐かしくて、優しくて、大好きな彼の声。
ぽろりと、俺の頬を涙が伝った。そこに居るのかと手を伸ばす。だけども手は真っ暗な空を掴むだけ。
どこに居るんだ。返事をしてくれ。その声で俺の名前を呼んでくれ。その腕でまた、俺を抱き上げてくれよ。なぁーー

「ーーアルディ」

△▼△▼△▼△▼△

はっと目が覚めた。何だ夢かと、寝ている間に零れたのであろう涙を拭った。
ここは何処だろう。重い体を起こす。何でこんなに体が重いのだろう。嗚呼、頭が痛い。割れるように痛い。ズキズキと絶えず中から誰からに殴られているのかと思う痛み。
ここは何処だろう。真っ暗な空間を見る。上も下も右も左も前も後ろも真っ暗。そこにぽつんと、俺がいる。自分のことははっきり見えるのに、周りは全くと言っていいほど見渡せない。
痛む頭を押さえて立ち上がった。はらりと、金色の羽が落ちる。
それを見た瞬間、俺の脳裏に映像が浮かび上がった。いや、襲いかかってきた。
悪魔と契約したこと。
人形達を壊したこと。
狼に襲いかかったこと。
それからーー

「あ……」

目の前で、狼が悪魔の放った魔法で倒れたこと。
契約の際に我を失ったのか、それは断片的にだけどもはっきりと俺に訴えかけてきた。

お前が殺したのだと。

「あ、あ…ぁああああ!!!!」

絶叫。狼の姿と重なる背中。彼の背中。あの人の背中。あいつの背中。俺を庇って死んでいったあいつと、人魚を守った狼が、重なって見えて仕方ない。

「いやだ…なんで…!」

なんでなんでなんで。
なんで俺なんかを助けるんだ。
なんで他人なんかを助けるんだ。
なんでなんでなんで…

「なんで…俺じゃないんだよ…」

死ねない体なのに庇ってもらって。それで絶望したはずなのに。もう誰も傷つけないって決めたのに。傷つけるくらいなら自分が傷つこうって決めたのに。
結局俺は悪魔と契約なんかして、あの狼を殺したんだ。あの人魚に、俺と同じ思いをさせてしまったんだ。人形達に絶望を与えてしまったんだ。
ボロボロと涙が溢れる。留まることを知らないそれは、膝が崩れ、地面に座り込んでも止まることはなかった。嗚咽を漏らして、涙が地面を汚していく。
悔しい。結局は弱い自分が。

「もう嫌だよ……、」

もう、死にたいよ。

「逃げるん…ですか?」

どこからとも無く聞こえてきた声に、はっと顔を上げた。真っ暗な空間でもはっきりわかる、燃えるような赤と煌めくような銀色。目に入った赤は、何年も、何十年も前から恋い焦がれてきたあの男。
一度は引っ込んだ涙が、ぽろりと零れた。

「アルディ…?」

名前を呼べば、そいつはにこりと笑ってくれた。
何十年ぶりだろう、その笑顔を見たのは。嗚呼、彼だ。腕を伸ばせば、冷たい彼の手が握り返してくれた。膝を折って、俺の頬を流れる涙を拭ってくれる。真っ赤な目が、優しげに細められた。

「ずっと………一人にして、すみません…」

いいんだよ、小さく頭を振る。お前がこうしてまた俺の前に現れてくれただけで、俺はもう十分なんだ。嬉しすぎて、彼が握ってくれている手を見つめる。嗚呼、彼の手だ。もうそれだけで十分なんだよ。だから、

「死にたいなんて…言わないでください…」

目を見開いた。なんで、と小さく声が零れ落ちる。

「なんで…?俺はもう、嫌なんだよ…。誰かが死ぬのを見るのは…独りになるのが…!怖いんだ…嫌なんだよ!」

死ぬなって言いたいのか。そんなの、俺にとったら拷問にも似た言葉だ。俺は不死鳥なんだよ。死にたいんだよ。もう、こんな体は嫌なんだよ!…独りは嫌なんだよ…!!
手を振り払って立ち上がる。
そうだ、怖いんだ。独りになるのが何よりも怖いんだ。まるで心にぽっかり穴が開いたみたいで、そこから絶えず何かが流れてる。ドロドロと流れ続けて、でもそれが止まることなんてなくて、それを永遠に感じなきゃいけないなんて…

「ディムさん」

背中に腕が回ってきた。名前を呼ばれたのはいつぶりだろう。こうやって、優しく抱きしめられたのはいつぶりだろう。こうして貰えるだけで、俺の心の中のドロドロが止まった気がした。

「貴女を…一人にしません、自分が…絶対に…」

その言葉が俺にとってどれだけ救いだろう。

「何年も…何十年も…何百年もかかるかも知れません…。でも…必ず…生まれ変わって、貴女に会いに行きます…」

その言葉が俺にとってどれだけ嬉しいものだろう。

「だから…待っててください…。自分が死んでも…何度も何度も…会いに行きますから…。……………運命から、逃げないで…」

ストンと、俺の心に開いた穴に何かが嵌ったのがわかった。ドロドロは塞き止められて、独りの恐怖も感じなくなる。
嗚呼、お前はずるいな。アルディ。いつもそうやって、お前は俺の心を操るんだ。そんなつもりが無いにしろ、お前は本当にずるい男だよ。

「……待ってるから」

何年も、何十年も、何百年でも、待ってるから。
お前がこうしてまた抱きしめてくれる日を。
お前とともに笑い合える日を。
自分に課せられたこの忌まわしい運命とともに、待っているから。

「だから、絶対に会いに来いよ。約束だからな」
「……はい…」

ニコリと微笑んで、交わす小指同士。いつか、アルディに頼らずとも生きていけるようにならなきゃいけない。でも、今だけは。生きて、罪を償って、待とう。まだ完全に生きることに希望を覚えたわけではない。心の何処かではまだ生きる事に怠惰している。
それを分かっていても、彼は何も言わない。
うっすらと彼の体が消えていく。本来ならばここに居るはずのない存在だものな。闇が深すぎて見えなかったのだろう。

「待っててくださいね…ディムさん」
「あぁ。……………ありがとな、アルディ」

完全に消える前、彼はまた俺の好きな笑顔を見せてくれた。
アルディが消えた場所を暫く眺めてから、視線を銀色に映した。聞かなくてもわかる。大罪の悪魔だ。何番目かの悪魔かは分からないが、剣を携えたこいつが、俺の目の前にいる理由は、なんとなく察しが付いた。

「お前がここにいる理由、なんとなく察しが付く。俺は拒否しない。すべての選択を任せる」
「………」

金色の翼をばさりと揺らし、男を見据える。男は何も言わなかった。が、すっと手をこちらに向けてきた。途端、男の手の先が輝きを放った。それは5つの光となって空へと飛んでいく。何だ何だと混乱はしたが、すべてを任せるといったわけだから、黙ってそれを見守った。
やがて、何処かからかキンッという音が響いた。丁度5回音が聞こえたと思えば、今度は近くから音がなる。その音が男から聞こえたのだとわかり、目を向けた。男は瞼を閉じ、小さな、聞き取れないのではという声でぼそりと告げた。

「賛成5、反対1。…可決」

ぶわぁっ。
その効果音が似合うだろうか。
俺の体を黒い風が包み込んだ。咄嗟のことに目を閉じる。痛みも苦しさも感じない。ただただ冷たい風だった。
風が消え去ったとき、俺の背中から生えたのは、黒い翼だった。金色から変化したその色は、悪魔の証。その大きさは、大罪の悪魔の証。

「……これより不死鳥ディムは……大罪の悪魔、第一の席……怠惰の悪魔とする…」

男がぼそりと、呟いた。









悪魔になっても俺は死なない。
生きることはとてもしりが重い。辛い。
死にたくなる時だってある。
でも、待たなきゃいけないから。
待つって約束したから。
大罪の悪魔、第一の席。怠惰。
今日からの、俺の居場所だ。




(悪魔になった不死鳥)

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