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誰かが叫んでいた。気がする。
目を覚ませば、そこは変わりない林。
動こうにも動かせない体。そこでやっと、俺はまだランタンの中に居るんだってわかった。
視界の端に初瀬ちゃんが写った。彼女が抱きかかえているのは、ひょっとしなくても虎銀だ。彼等に刀を突き立てようとしている男が目に入った。嗚呼、なんて罰当たりな男だ。彼らを、この林を敵に回すだなんて。

「なんて馬鹿なんだろう」

ボッと言う音とともに、体が動いた。するりと彼等の間へ入り込む。カランとランタンが揺れて、火柱が上がった。

「レジーさん…?」

驚いた表情の初瀬ちゃんに笑ってみせる。次いで視線を送ってきた虎銀に笑顔を見せた。

「選手交代だね」


△▼△▼△▼△▼△▼△


気を失ってしまったらしい虎銀を初瀬ちゃんが心配げに見つめていた。そんな彼女の頭を優しく撫でてやる。

「大丈夫、気を失っているだけだよ」

まだ不安げではあったけれど、少しは落ち着いたようだった。俺が目覚めるのに何百年も経ったようだ。初瀬ちゃんがこんなに綺麗に成長しているとは思いもしなかった。
カランとランタンが揺れる。

「初瀬ちゃん。虎銀を連れてここから離れて」
「えっ」

相手はどうやら悪魔のようだし、庇いながら戦える自信がない。こっちは病み上がりな訳だしね。とにかく今は、この二人を逃がすことを考えよう。初瀬ちゃんの水を操る力があれば、虎銀を運ぶことだって出来る筈だ。
戸惑った視線を送ってくる初瀬ちゃんに、“ね?”と有無を言わさぬように言い聞かせると渋々と言った風だがわかってくれた。
立ち上がって、水を操り虎銀を支える。ゆっくりとだったけれど、背中で彼等が離れていくのがわかった。

「チッ、逃がすかよ…!」

水色の髪をした悪魔が、刀を一振りしてこちらに向い地面を蹴った。

「行かせないよ」

ゴォオオとその場に巻き起こった火柱によって、悪魔の動きが止まる。忌々しそうにこちらを見てきたけど、無視だ無視。
暗い月明かりだけの林が、俺の炎で一気に赤く輝く。

「俺の炎は、地獄のよりも熱いからね」

“火傷に御注意ください”

ふざけた様に言ってやれば、案の定、悪魔は舌打ちした。

それにしても、この悪魔には見覚えがある。果て、どこか出会っただろうか。悪魔といえばあの憎らしい女の悪魔しか知らないはずなのだが。

「おい、あの二人を追え」

悪魔が銀色の髪をした女の子に声をかけた。女の子は頭を抱えて蹲っていて、反応しない。悪魔がもう一度声をかけるも、それは変わらなかった。

「めんどくせぇなぁ」

盛大な舌打ちを一つついてから、悪魔は魔法か何かを使った。空間にぽっかりと真っ黒な穴が出来上がる。その穴の中に女の子を強引に押し込んだ。女の子が押し込まれた穴は、小さな音を立てて消えていった。

「女の子には優しくするべきだと思うけど?www」

ランタンをカラリと揺らして言ってやれば、悪魔はふんと鼻を鳴らした。気にしていない様子だ。
刀を構えた悪魔を見て、こちらもいつでも炎を出せる状態になる。

「!?」

気がついた時には既に目の前まで刀が迫っていた。それを間一髪で避ける。が、切り返しが早い。すぐに襲ってきた次の攻撃に身体がついていかなかった。なんとか炎を出してガードはしたが、腕を斬られた。その場に赤い血がまった。
悪魔はというと余裕ぶった顔で刀を一振りして俺の血を払っている。

「…君、普通の悪魔じゃないよね」
「その通り」

水色の髪をした悪魔はにやりと微笑み、両手を掲げた。そして高らかに言う。

「オレは“強欲”の悪魔、遥彼」

“強欲の悪魔”、聞き覚えがあった。いや、有りすぎるくらいだ。
特別強い力を持つ七人の悪魔ーー“大罪の悪魔”の一人だ。

ーーそして、この林を襲ったのも“大罪の悪魔”…“暴食”だ。

「そんな悪魔のお偉いサンがこんな辺鄙な林になんのようなのかな?」
「オレは欲しいもんを貰いに来たんだよ」
「それはそれはわざわざどうも。どうぞ何でも差し上げるから、さっさと消えてくれないかな」
「へぇ〜、くれるんだ?なら、くれよ」


あんたの命とそのランタン。


「え……」

腹が熱い。見れば、剣が刺さっていた。でも、あれ?目の前には悪魔がいるし、剣も持ってる。でも俺のお腹からは剣が刺さっていて…、なんでだ?

「貴方が無駄話をしたせいで……7秒の遅れが生じました」
「7秒くらいいいだろ〜」

背後から聞こえた声に、はっとする。逆流してきた血を吐き出した。振り返ると、そこには目の前の男と酷似している女の悪魔。……あいつだ。俺達のこの林を襲って、みんなを喰らい尽くしたあの、“暴食”だ。

「お…まえ…!」
「……ーーあの方のため、貴方達には犠牲となってもらいます。あしからず」

剣を横に凪いで、腹が斬られる。その場に大量の血が舞った。倒れるのと同時、手に持っていたランタンがカランカランと飛んでいく。
嗚呼、ランタンの光が消えていく。俺の命の灯火が、消えていく。

「え……ないで……。…俺は…まだ…!」

手を伸ばすも、それは届くことなく宙を切り、やがて俺の意識は消えていった。




林を照らしたジャック・オ・ランタンの輝きが、消えた。無機質なそれを手にしたのは、“強欲”でも“暴食”でもなかった。
涙を流しながら、消えた冷たいそれを手にしたのは、エレオノーレーー“嫉妬”の悪魔だった。



(光続けたかったランタンの話)

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