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この真っ暗な林に朝はない。毎日が夜だ。
そんな暗いこの林を照らしてくれる光が、二つあった。
一つは空から降り注ぐ月の光。
もう一つはーー

ーーあいつの残したランタンの光


▼△▼△▼△▼△▼△


数百年前に林を襲った悪魔がいた。悪魔はこの林に住む怪物達をどんどん殺して食べていった。忘れもしない、赤い中に舞う悪魔の水色の髪…。
もちろん、俺達は抵抗した。力ある者は弱いものを守りながら、必死に戦った。その結果、悪魔を退けることに成功したのだ。が、力を使いすぎたあいつは、こうしてランタンになって眠ってしまった。

「…何時まで待たせる気なんだ、お前は」

呆れた声が出た。
眠りにつく前にこいつは無責任に“待っててね”など言ったのだ。いつ目覚めるかもわからないのに。
ーーそれを律儀に待っている俺も相当な物好きだが。
風に揺られてランタンがカランカランと音を鳴らした。小さく、控え目な音でそれはまるで謝罪しているかのようだった。…って、それは考え過ぎだな。
ため息を一つついて、空を見上げる。丸い月がすぐそこにあって、優しい光をこちらに届けていた。今日は満月か、と小さく呟き姿を変える。大きな銀色の狼。それが俺の本来の姿だ。周りからは“フェンリル”と呼ばれていた。
月に向かって遠吠えする。この世界の何処かにいる、仲間に向かって。
あいつが早く目覚めるよう祈って。

「うるせぇなぁ」

聞こえた声に振り返った。暗い木々の向こう、誰かが立っている。姿こそは見えないが匂いでわかった。

「誰だ」

人の姿に戻り、暗闇の向こうへと威嚇の声を掛ける。反応はない。小さく舌打ちをした時だった。

「…っ!?」

肩に何かが刺さった。次いで背後に誰かの気配。咄嗟のことで反応が遅れたが、攻撃をなんとか腕でガードする。誰かが離れていくのがわかった。
肩に刺さった何かは、ナイフだ。それを引き抜き、暗闇の向こうへ目を向ける。
今のは何だ。匂いが全くもってしなかった。
暗闇が月明かりに照らされた。そこに居たのは、男と少女。

「何だ、そいつは…?」

銀色の髪をした少女。それから匂いがしない。生気のない目をこちらに向けている、いや、焦点すらあっていない様子だ。少女の後ろに立っていた男が、イライラしたような声を発した。

「うるせぇんだよ、まったく。オレは今めちゃくちゃ苛ついてるんだ、何でかわかるか?欲しかったもんを横取りされたからだよ!」

頭を掻きむしった男の背中から、真っ黒な翼が生えた。その翼には見覚えがある。何年経とうと忘れもしない。
こいつは、

「悪魔か……!」

悪魔は俺を見るや、にたりと笑った。
その笑みが、かつてこの林を襲った悪魔を彷彿と思い出させる。

「!」

突然襲ってきた回し蹴りを何とか腕でガードする。繰り出してきたのは銀髪の少女だ。また、匂いも気配も感じなかった。少女の足を掴んで引き寄せる。次いで長く伸びた爪で少女の腹を突き刺した。少女は口から血を吐き出し、やがて動かなくーーならなかった。

「なっ…、」

痛みを感じていない風に少女は冷めた視線を送ってくる。そして、俺の腕にナイフを突き刺した。咄嗟で少女の足を離してしまった。はらりとその場に金色の羽が散った。少女は背中から翼を生やして宙へと逃げる。
見たこともないくらい、明るく悲しい輝きを発する翼だった。腹の傷はすでに塞がっている。

「お前は、一体ーー」
「…虎銀さん?」

聞こえた声にハッとした。振り返れば、林に住んでいる人魚の少女ーー初瀬がそこに居た。時折住んでいる泉を離れて、あいつのランタンを見に来るのだ。
だが、このタイミングはなんて最悪なんだ。
視界の端で、悪魔が何かを唱えていた。呪文だ。その呪文が放たれる場所は考えるまでもない。

「っ、逃げろ初瀬!」
「え…」

初瀬が悪魔に気づく。逃げようと動くが遅かった、悪魔の放った呪文が、真っ直ぐ初瀬に向かっていった。
心の中で小さく悪態をつく。姿を狼に変えて地を蹴った。
間に合え、間に合え、間に合え!!




「ね…さん……虎……ね…さん!」

耳に届いたら声に目を開ける。動こうとすれば体中に激痛が走った。声を出そうとしたら獣のうめき声しか出ない。嗚呼、そうか。俺は今狼の姿なんだったな。パタリと何かが落ちてきた。それが初瀬の涙だということに気がつくのには数秒の時間が必要だった。

「ごめんなさい、虎銀さん!ごめんなさい!」

必死に謝る初瀬に、“大丈夫だから泣くな”と声をかけてやりたい。が、それは叶わない。出る声は獣のうめき声。どうやら防御に魔力を使い切ってしまったようで、人の姿になることができなかった。
目線を動かせば、周りが水で囲まれていた。初瀬の力だ。水のベールが、悪魔の術から俺を守ってくれたのだろう。だが、

ーーこれは、まずいな

足が折れていて、多分内蔵もいくつかやられている。とてもじゃないが、戦える気がしない。回復にも時間がかかるだろう。
視界の端には、水のベールの向こう、まだ悪魔が立っている。逃げろ、と俺を抱きしめている人魚に視線を送った。が、遅かったようだ。
パンッと音がして、初瀬の水のベールが消え去った。えっと驚いた声を出した初瀬の背後、黒い翼が舞った。

「終わりだ」

水色の髪の悪魔が、にやりと笑いながら刀を構えていた。
まずい、動け、くそ、なんでこんな時に動かないんだ。
刀が初瀬に迫る。
動け動け動くんだ、早く早く…!また“あの時”と同じことをするつもりなのか、俺は。骨がなんだ、内蔵がなんだ。頼む、頼むから動けーー


ーーボッ


刀が初瀬を貫く一歩手前、小さな炎が灯った。そして、

「!!!?」

それが、一気に炎上する。
真っ暗な林を一瞬で明るく照らしたその炎は、不思議と熱くなかった。懐かしい暖かさを肌で感じて、自然と笑みが出る。
初瀬と悪魔の間に割って入ってきた紫色がゆっくりとこっちを振り返った。

「れ、レジーさん…?」
「怪我はない、初瀬ちゃん?」

にっこりと笑ってみせるその表情も、数百年前と同じだった。

ーー遅いんだよ

視線で言ってやる。言葉にせずともわかったらしく、あいつはにっと笑ってみせた。

「おまたせ。選手交代ね」

ボッとまた、その場に火の粉が舞った。



薄れていく意識の中、最後に見たのは、彼女の青い髪と揺れる紫の髪だった。


(待ち続けた狼の話)

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