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“東の森にグールがいる”
流した噂は面白いほど簡単に、村中に広がっていった。大人たちが家々から出てきて、松明を持ち灯りをつけ、どうしたものかと会話をしている。それを面白そうに、悪魔は空から見下ろしていた。真っ黒な翼は、真っ暗な闇と同化している。明るい彼の髪の色が、月明かりに照らされてキラキラと輝いた。
村の長らしき老人を囲んで、人間たちは彼が流した噂に翻弄されていた。それが、面白くて仕方がない。

「でも、あくまで噂であって…それが真実とは限らないのではないだろうか?」

若い男が言った。
男の意見に周りの何人かが賛同する。
が、すぐに反対の意見が飛び出してきた。

「本当だったらどうする!?我々を食べようと潜んでいるのかもしれないぞ」

反対の意見にもまた、賛同の声が上がる。このまま意見のすれ違いを見ていても楽しいのだろうが、そうすれば約束の時間までに目的を達成出来ないだろう。仕方なく、悪魔はゆっくりと地面に降り立った。羽を消し、ゆっくりと大人たちの群れに近づく。

「僕は見ました、グールを。東の森で」

突然の第三者の登場に、大人達が一気に警戒心を強くした。
それに、人間の姿をした悪魔はあわてて弁解する振りをしてみせる。両手を振って何も持っていないことをアピールした。

「僕は旅人です!さっき、東の森を通ってきたんですが、その時に…見たんです。グールを…」
「それは、本当にグールだったのか?」
「はい。男の人がいて…それから、女がいました。その女が、その、食べていたんです。人間を」

自分の言葉に、村人たちの顔が一気に青ざめていった。滑稽で仕方ないと、悪魔は心の中で笑った。
村人たちは言葉を失ったようで、その場を静けさが支配する。沈黙を破ったのは、村の長の落ち着いた声だった。

「ここを離れよう」

長の発言に村人たちは驚いたように目を丸くしたが、すぐに納得した。人を食べるグールがすぐ近くにいるのだ。それが得策だと思っているようだった。ただ一人を除いて。

「戦わないんですか?」

ぽつりと、その場に第三者が言葉を放つ。彼の意見に、村人たちが先程よりずっと目を丸くした。一人の男が怒声を上げる。

「グールに戦いを挑むなんて、それこそ馬鹿のすることだ!」
「グールと言えど相手は一人。それに女ですよ?」

また静まり返ったその場に、悪魔の囁きが響き渡った。

「ここは元より貴方達の場所だった。横入りのグールごときに、この場所を空け渡すんですか?そんな事しなくていい。だって、ここは貴方達の場所なんですから。貴方達、人間の」

ゆっくり、ゆっくりと、言い聞かせるように。
漆黒の瞳が、その場にいる全ての人の目を見つめた。
“人間である貴方達が、何故グールのために退く必要があるんですか”
そう言って見せれば、彼らはいとも簡単に《墜ちた》。
「そうか」「そうだ」口々に彼らは呟く。

「戦え、自分達の居場所を守るために」

その言葉を合図に、村人達は雄叫びを上げ、次々に武器を手にしていった。東の森へと向かう彼らを見ながら、悪魔はクスクスと嗤う。

「嗚呼、滑稽滑稽!人間って本当に馬鹿だよね、呆れるくらい傲慢で!だから動かしやすい!」

翼を出して空へ。村の向こう、東の森へといくつかの灯りが入っていった。これで目的も果たされた。約束の時間に間に合うだろう。これで“今回”も完璧だ。

▼△▼△▼△▼△▼△

それは一瞬の出来事だった。いや、もしかしたら何分もそれが続いたのかもしれない。だけど、私にとってそれは、本当に一瞬だったんだ。

彼が死んだ。
私の目の前で、彼が殺された。どこからともなくやって来た人間達に。

気がつけば、あたり一面赤い世界になっていた。天井も、壁も、床も、外も、彼も、私も、赤。赤赤赤赤赤赤。真っ赤な世界で、私は彼を抱きしめて泣いていた。口の中には美味しい血の味。そこで初めて、やって来た人間たちを全員食べてやったんだと理解する。膨れたお腹。だけどーー

「ーーつーくん、つーくん……!ごめんなさい、ごめんなさい………!私の、私のせいで………!」

泣くも彼にもう声は届かない。こぼれ落ちた涙が、まるで眠ってるように目を閉じている彼の頬に落ちた。
月明かりに照らされて、彼の左手の指輪が光る。同じように私の左手の指輪が光った。誓いの指輪。許されない恋を貫き通した私達。そう、許されないんだ。私達が、一緒になることは、許されることでは無かったんだ。だから…その“罰”として私達は引き裂かれてしまった。

「悲しいな」

背後で聞こえた声に、僅かに振り返ると、水色の髪をした女の人が悲しげにそこに立っていた。
悲しい、その言葉が私の中を巡っていく。悲しい悲しい悲しい悲しい哀しい哀しい哀しいかなしい……?

「ううん」

小さく首を振った私に、女の人が僅かに眉を上げたー気がした。
“悲しくないよ”、そう呟いた私は抱きしめた彼の額にゆっくり口づけを落とした。

「……哀しくなんてないよ。これから…私達はずっと一緒なんだから」

涙で目の前が霞んだけど、不思議と彼の顔だけははっきり見えた。
引き裂かれた事が罰だというのなら、それを受け入れよう。この世界で出会ったのが行けなかったのなら、違う世界へいけばいい。
彼と、一緒に。

「つーくん、大好きだよ。これからは…ずっと一緒だからね」

優しく彼の頭を撫でる。そして、ゆっくり口を開いた。



「“いただきます”」



文字通り、私達は一緒になった。








愛したものを食べた彼女は、その後、自ら命を断った。死をも受け入れる二人の愛を目の当たりにし、女の悪魔はホロリと涙を流した。

「嗚呼、おまえ達はなんて羨ましい生き物だ」

横たわるグールと、彼女を愛した人間の男に嫉妬する。私達も、そんなふうに生きれたら、と。

悪魔はグールの頬を撫でる。
グールの指から、誓いの指輪を外した。それをきつく握りしめて、悪魔は闇に溶けるようにしてその場から消え去った。


残されたグールは、幸せそうに微笑んでいたという。


(決してかなわ“なかった”、二人の恋のお話)



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