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「お腹が、減ったの」

彼女が小さく呟いた。俺には彼女を満足させることが出来ない。彼女は俺達が食べるような食事は、食べられないから。

俺と彼女は、種族が違うから。

俺は人間で、彼女はーー


「つーくん、こんな私でごめんね?」

泣きながら謝る彼女に、俺は首を振ることしかできなかった。

彼女は、グールだった。


△▼△▼△▼△▼△▼


グールと言っても、ピンとこない人が多いだろう。簡単に言えば、人を主食とする生き物だ。生き物なのだ。どこかの専門家はグールは化物であって生物ではない、などと言っていたが、そんな事はない。現に、彼女はこうやって生きているんだから。
グールはこの世界では珍しくはない。人間を食べる彼女たちは、人間達から恐れられていた。

「つーくん、」

名を呼ばれ、振り返った。酷く痩せこけた彼女を目にするのは正直痛々しい。食べさせてやれるものが、今は俺くらいしかいない。それでも、彼女は俺を食べたくないらしい。それは、彼女が俺を愛してくれているからか。

「つーくん、ごめんね」
「ソフィ、いつも言っているだろう。謝らなくていいんだ」
「でもでも、私なんかを」
「ソフィ」

涙を流して、縋るように俺の腕を掴んできた彼女の肩を優しく触れる。落ち着かせるように名前を呼べば、彼女は動きを止めて、静かに泣き出した。

コンコン

扉をノックする音が響いた。彼女の腕をやんわりと外して、扉を開ける。そこに居たのは満面の笑みを浮かべた隻眼の人形、高継だった。
扉を開けた途端に鼻をついた異臭に眉を寄せる。高継が当たり前のように持っているそれを見て、口を硬く結んだ。

「ソフィさんにお土産ですー」

俺の気も知らないで。高継は遠慮なく部屋に入ってくると、それをそのまま彼女の目の前に置いた。彼女の目が、それを捉える。いやそれよりもだ。

「高継お前…………何時も袋か何かに詰めてもってこいと言ってるはずだが…?」
「袋なんて俺ら持ってませんって。床いつも掃除するし、いいでしょ?」

軽々しく言ってくれるな、こいつは。俺が重度な潔癖症だと知っているはずなのに。床に飛び散った血は確かに高継や代わる代わるやってくる人形達が綺麗に処理してくれている。特にダイアナの処理は完璧だ。血痕1つ残さない。が、こいつは駄目だ。適当なのだ、こいつは。

「そういう問題じゃ…」
「つーくん」

文句を言おうとしたが、切実な彼女の声に辞めた。はぁとため息をついて、部屋を出る。彼女は食事している姿を俺に見られたくないのだという。
冬が近づいているからか、外は冷え込んでいた。手を暖めようと口元に持っていき息を吐く。ふと、左手の薬指に光る指輪を見た。彼女と一緒になると誓った時につけた指輪だ。
彼女を幸せにすると決めたのに。俺は彼女に満足に食事も与えてやれない。
扉にもたれ掛かって座り込むと、中からはバリバリグチャグチャと音が漏れ出していた。その音を聞きながら、俺は自分の無力さを呪うしかなかった。


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