視線05


 彼の姿勢が大きく崩れ、彼女に抱きつく形となる。どうやら漸く電車が動き始めたらしい。車掌の交代に一体どれくらいかかったのだろうか。いつもならそんなことを考える余裕がある。だが、翔子の脳はオーバーヒートを起こしていた。
「ごめん、って熱」
「うわ、やわらか、いい匂い──好きです」
「ふえええええ!? え、ちょっと待って落ち着いて!」
「私が幸せにしてあげますよ」
「カッコいいけど、初めて会った男にそんなこと言っちゃダメだって!」
「男? 何言ってるんですか、女の子ですよね?」
「目を覚まして!」
「次は、崎川、崎川です」
 第三者の声で、翔子は漸く自我を取り戻した。と同時に、自分が仕出かした粗相で顔が真っ赤になる。
「うわ、ごめんなさい! 私変なこと……」
「い、いや、私もごめんなさい」
「あの、お詫びにご馳走します!」
「新手のナンパ!?」
「いやでも……その……本当に……」
 自我は取り戻したが冷静さに欠けているというのは一目瞭然で、事態を納めようとする彼はやはり大人であり男であり女だった。
「じゃあこうしよう。私とデートしよう」
「え……?」
「あなたの服、選ばせてもらってもいい?」
「え、でも、そんな」
「……っていうのは建前で、流石に女装してても一人じゃ入り辛いお店があってね。付き合ってくれないかな?」
 いつの間にか先程と同じ席に座っていた青年は、慣れているかのように華麗にウインクを決めてみせた。やはり、男であることは少し勿体無い。
 電車は徐々に速度を上げていき、彼女達を終点まで導く。
「まあ、それなら」
「本当に? ありがとう!」
 はにかむ姿もやはり一般女子より上だ。自分が女であることが恥ずかしく思えてくる。
「そういえば、そのお店って何処にあるんですか?」
「うーん、行きたい所はいっぱいあるんだよねえ……」
 彼は自分の額に指を立てて思考を巡らせているようだった。その間にドアが何回か開いたり閉じたりを繰り返す。そして漸く、答えは出た。
「よし、じゃあ二人とも今から寝て、どっちかが起きた駅の近くにある所に行こう!」
「決め方、雑じゃありません?」
「いいのいいの。それじゃあおやすみ!」
 翔子にはまだ幾つか疑問があったが、彼は有無を言わさずにこてんと彼女の肩に寄りかかる。彼女の脈拍の速度が速くなるのに構わずに、綺麗な顔は寝息を立てていた。
 もしかしたら本当に眠かっただけなのかもしれない。自分より数倍も綺麗な彼は、心地良さそうに瞼を閉じている。肩から伝わる熱は、どことなく懐かしくて温かかった。
 起きたらまずは挨拶から始めないとね。すっかり忘れされらた自己紹介だったが、やっぱり情報交換は大切だ。
 彼はどんな名前でいつ生まれて何が好きなんだろう。
 頭の中の妄想は更に発展を遂げられそうだったが、隣の眠気に誘われるがままに、翔子も目を閉じて体重を思いっきり後ろに預けた。
 四角い箱は休息中の二人の少女を乗せて、終点へと向かっていく。



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