視線04


「はいどうぞ」
「何で女装してるんですか?」
 触れてはいけない禁忌の様な気はしていた。けれど、彼なら笑顔で答えてくれるような気がして。遠慮はいらない、そう思った。
 彼は待ってましたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべ、先程よりも楽しそうに口を開いた。
「何でだと思う?」
「女の子になりたいから?」
「んーまあそういうのもちょっとはあるんだけどさ、やっぱり一番は、周りからの視線だよね」
 彼はまるで自分が男であることを忘れたかのように、お姫様の様な表情で、語り口調で、翔子を自分の世界に引きずり込んだ。
「視線?」
「そう。私、ふと思ったんだ。女の子って周りからどんな目で見られてるのかなって。最初はそれを確認しようと思って──女子にアンケート取るのもどうかと思ったしね──可愛いって言われてたから、女装して、電車乗って。あの時は自分のことで頭が一杯で、周りの目とか気にしてる暇も無かったんだけどさ。でも何回かやってる内に、段々分かってきてさ。可愛いって思う目、本当に女か窺う目、蔑む目……もう、色んな目が俺を捉えててさ、なんか堪らなくなってきちゃったんだよね。で、色々拗らせた結果、女装趣味の変態男子になってしまいましたとさ」
 興奮しているのか、所々聞き取れなかったりしたが、彼が言わんとしていることはどことなく理解できた。彼の甘い夢は、翔子の心を蝕んでいき、快楽の海に浸らせた。
「……逃げないの?」
 心地のいい世界を教えてくれたのは彼なのに、どうしてそんなことを聞くのだろうか。翔子は首を傾げる。
「だって、素敵じゃないですか。私も分かります、目線ってすっごい気になるんですよね。もしここで私が倒れたら皆どんな風に思うんだろう、とかよく考えますし。いいなあ、実践できてるのが羨ましいです」
 目線からも人の感情を読み取ることは可能だ。察しのいい人はどう思われているかさえも分かってしまうだろう。目は口ほどに物を言うとも言われる。自分に対する反応を窺うこと、予想すること。少なからず、翔子はそんなことを日頃から行いたいと思っている。
 彼は大きな瞳を二回ほど長い睫毛で隠した後、容姿には似合わない笑い声をあげた。
「なっ、何で笑うんですか?」
「だって、素敵って言われたの初めてなんだもん。しかも同じ考えの子がこんなところに居たなんて思ってなかったし」
「それ、理由になってないですよね?」
「そう?」
「そうです。もう、いい気分だったのに」
「ごめんごめ──っと」



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