勝負姉弟07


 私が使っていた参考書はほとんど上級者向けで、学校で説明されなければ分からないような問題ばかりだ。それなのにどうして、こいつには問題を解く能力があるのだろうか。
「解き方なんて解説見ればあらかた理解できるからね。それに、最近の解説は事細かに書いてくれてたりするし」
「でも、私のはそれで理解できるほど簡単じゃなかったはず」
「暇だったからね。何度も何度も解いて解説見て、他のやつと照らし合わせたり色々と頑張って。で、最近やっと理解できたよ」
 あんぐりと口を開けていると、優はぷっと吹き出した。
「姉ちゃん、まぬけ」
「うっ……るさいわね!」
 それで堰が外れたのか、弟は笑い声を上げた。何がおかしいのか理解しがたいが、笑われている間に今までのことをまとめようとする。だけど整理しなきゃいけないことが多すぎて、到底そんなことは不可能だった。
 そして、私はもう一つ大事なことに気が付いてしまった。
「というか……この問題分かるなら、私の高校も普通に受かるんじゃ」
「あー、いくらなんでもそれは無理だよ、姉ちゃん」
「何で」
「確かに学力はつけられたかもしれないけど、学校行かなきゃ取れないものがあるだろ?」
「え?」
「内申点」
「そっか、もし筆記満点でも、残りの三百点……」
「もう七月になるから、期末試験なんて終わってるだろ? それに、二学期から頑張ってもいい成績は付かないだろうね。もし百歩譲っていい成績が付いたとしても、二学期までのブランクが邪魔をする」
 淡々と答える弟は、本当に外に出ていなかったのだろうか。自分の状況を全て把握して、その上で客観的に話している。一体どこでそんな能力を身に着けたというのだろう。だから、私もちゃんと話さなければならない。
「じゃあ、何であんたは勉強しているの?」
「それは姉ちゃんと一緒じゃねえの?」
 読心術も一体どこで身に付けたのだろう。
「私、と?」
「間違ってたら悪いんだけど、姉ちゃんはいいとこの大学行きたいんじゃないの?」
「うん、まあ」
 それは皆そうだと思っていたから、優の読心術もそんなもんかと一瞬思ってしまった。
「じゃあ、なんでいいとこの大学行きたいの?」
「何で、って……うちはあんたもいるし、出来るだけお金は控えなきゃでしょ?」
「それだけ?」
「それだけ、なわけないじゃない。将来の為よ。最近はいいとこの大学でても就職困難とは言われてるけど、結局会社が取りたいのはいい大学出てきた人なんだから。そうね、あとは――」
 軽かった口が、動きを止める。そして空気を思いっきり吸い込んだ。
「――数が、面白いから。もっと数について知りたいし、詳しくなりたい。それで出来れば、会社も一般じゃなくて、数とかを調べてるところとか行けたらいいなとか思ってる。どういう仕事があるかはまだ分からないけどね。だから、ちゃんと全教科完璧にして、他の会社にもいけるようにしたくて、それで――むぐっ」
「はいはい、分かった」
 吐き出したい言葉を吐き出していた口を手で塞がれる。塞がれている間は息が苦しかったが、落ち着いたと分かると優は手を離してくれた。
「つまりは、そういう事だよ」
 私を見つめる目は、心なしかキラキラ輝いて見えた。
「学校行かなくなってから、いつもネットサーフィンばっかりしてたんだ。そしたら、ある曲に出会って。すっごい感動して、毎日毎日その曲ばっか聞いてたんだ。毎日聞いてたんだけど、俺一回も動画を見たことがなくて。何十回も聞いた後にちゃんと動画を見たんだ。そしたら――そしたら、今まで感じたことのない思いが心の底から溢れ出してきて。俺、思わず泣いちゃったんだ。それで、やっと分かったんだ……この曲は、動画があってようやく完成するんだって。そりゃ、動画だって歌と絵があって初めて完成するもんだけど、そう思うぐらい動画の表現力がすごかったんだ。その時思ったんだ、俺もこんな動画が作りたい、いろんな人が感動するような、歌と絵を生かせる動画が作りたいって」
 ちょっと来て、と優は取り出したノートを放置して部屋を出た。私もその後を追って、階段を下りる。
 すっかり冷めてしまったおかずを机の端に除けてから、優はノートパソコンを取り出してユーザページを開いた。ネット環境が整うまでの数分間でたくさんのお皿にラップをかける。手際のよさに、ちょっとだけ嫉妬した。
 全てのお皿にラップが被さった後、優は慣れた手つきでウィンドウを開く。出されたページには、再生ボタンが表示されていた。
「これは?」
「見れば分かる」
 マウスポインタを再生ボタンに合わせ、クリック。
 私は一瞬にしてその世界に取り込まれた。



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