勝負姉弟05


* * *

 何故あんなに怒っていたのだろう。今となっては謎だ。
 多分、少女の頃何度も欲しがっていた彼の好奇心が、あまりにもくだらないところに向いていたことに対して腹が立っていたのだろう。

 もしその好奇心が勉強に対して向いていたら。

 今頃は、私以上の学力を携えていたのに。

 情けなくて、そんな弟がいることが、あまりにも情けなくて。
 私は枕を、静かに濡らしていた。

* * *

「結局、問題は解決してないのよね……」
 はぁ、ともう今月に入ってから何度目か分からない溜め息を吐く。
 気分転換にと開いた参考書には、一向に手が付く様子がない。むしろ、文字を見れば見るほど、イライラが募っていた。おかしい、数の羅列が好きだった一昔前の私はどこに行った。
 落ち着くために、私は机に置いていた英和辞典に額を乗せる。だけれども、まだ私の頭は混乱している。大部分は、あの負け犬の所為。

 あいつは学校にも行かずに、ただ見ず知らずの人間に対して無償で動画を作り続けていたというのか。
 見ず知らずの人に対して無駄に費やした時間で、彼は一体どれほどの学力を身に付けることが出来たのだろう。
 そして何より。もしも、もしも動画作りなどにはまらなければ――

「みーおちゃんっ」
 頭上から降ってきた声に、私は重たい頭を勢い良く上げた。声の主は意外と近くにいたらしく、顎と正面衝突して、鈍い音を奏でた。
「いったあ……」
「ああああ、ごめんね!」
「ああ、全然平気だから〜」
 笑顔でひらひらと手を振ってくるが、私が謝る前に、確実に「痛い」と言っていた。しかも自分の顎に頭突きをかまされたのだから、相当ダメージを受けているのだろう。
「えと……ごめん、こんなのしかないけど……」
 私はお弁当袋の中から、防腐の為に入れられていた保冷剤を差し出した。大丈夫なのに、と言いつつ、彼女は素直に自分の顎に直接当てた。夏の暑さで溶けはしていたものの、それでも肌に直に当てると流石に冷たかったから、痛さは尋常ではないのだろう。
「あ、そうそう。動画、作れそう? あの時は勢いで頼んじゃったけど、無理そうなら他の人に頼むからさ」
 自分の心情を読まれたかのようで、私はぎくりと身体を縮ませた。
「うん、大丈夫だよ」
 引きつっていた顔を元に戻し、何の心配もないかの様に口で弧を描く。何か違和感を感じたのか、彼女は至近距離から私の目をまじまじと見つめた。そしてまた、彼女は笑顔になった。先程の笑顔とは違う笑顔。
「そっか、ならよかった。最初すっごい嫌がってたからさあ」
「全然、むしろ楽しいよ」
「そう? それじゃあ、夏休み中には録画終わらせるから。待たせちゃうかもしれないけど、ごめんね」
「ううん、待ってるよ。皆でいいものにしようね!」
「うん!」
 それじゃ、と彼女は他のグループの女の子の輪の中へ消えていった。
 気付かれちゃった、かな。
 確かに今楽しそうに話していた彼女は、私の瞳の奥を見つめた彼女は、そして諦めたかのような、それとも自分に嫌気がさしたかのような笑顔を浮かべていた。


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