勝負姉弟02


* * *

 六月下旬。
 一学期末試験が終わり、教室は解放感で充満している。
 別にこの空気は嫌いじゃないし、皆が幸せな気持ちになっているのなら別に構わない。そんな心地よさを肌に感じながら、私は机に向かい、黙々と二学期の範囲の問題を解いていた。
 中間試験の時は数人に成績と体調を心配されたが、今回は誰にも声をかけられなかった。当たり前といえば当たり前なのだろう、私は中間試験、学年一位の座を得たのだから。
 晴れ晴れとした表情を浮かべているクラスメイトは、二学期始業から二週間後にある文化祭に向けての話をしているのだろうか。特に女子は、文化祭に対しての期待で瞳がキラキラしている。本当はその輪の中に加わるべきで、それが最善策なのだろうけれど、生憎現在の興味の対象は二次不等式の解であった。
 仕方がない、と私は通学鞄の中から耳栓を取り出した。中学校に入ったときからの自習必需品である。きっちりと両耳の穴に入れて、周囲の音をシャットアウトした。
 新品のノートには、既に数の羅列がびっちりと埋まり始めている。この光景は何度見ても気持ちがいい。そして黒ばかりだった紙に赤色が入るときも好きだ。赤いペンで文字を書かなきゃいけない時は少しばかりイラつきもするが、すぐにそんなことは忘れてしまう。黒と赤の色合いに目を釘付けにされ、もっと見たいとまた参考書に手を伸ばす。誰にも邪魔されない、至福の時間。問題を解いては合否を確かめ、また問題を解いては合否を確かめる。単純作業を繰り返すだけなのに、どうしてこんなにも心がときめくのだろう。何度も何度も数を書き連ねて、何度も何度も考えて、何度も何度も紙をめくる。とても楽しくて、自分が背負っているもの全てを忘れさせてくれるような――
「――ん、澪ちゃん!」
「ふぁ、ふぁいっ!?」
耳栓をしていたことをすっかり忘れていた。私は廊下中に響きそうなほどの大きくて情けない声を上げてしまった。勿論、クラスは笑い声で満ち溢れる。
 状況を把握しようと辺りを見渡すと、今まで好きなように話していたクラスメイトは全員着席し、教壇には文化祭のクラス代表になった男女二名が立っていた。その内の男子のほうが苦笑しながら私に尋ねた。
「話、聞いてた?」
「……ごめんなさい、聞いてませんでした」
 正直にそう告げると、また教室が笑いに包まれる。
「えと、文化祭の話?」
「そうだよ、クラスの出し物の話」
「澪ちゃんは参加しなかったけど、多数決で一年四組はクイズに決定しました!」
 クイズとはこれまたベタな選択だなぁ。うちの高校では飲食の販売が禁止されている為、ほとんどのクラスはお化け屋敷、演劇、映画のどれかに分類される。きっと、どのクラスもやらないような出し物をしようと考えたのだろう。クイズなら、受験生にももっとこの高校を知ってもらえる、とか。それに、準備もさほど難しくない。
「そう、いいんじゃない?」
「澪ちゃんに言われなくてももう決定したのでー」
 クイズなら夏期講習行きながらでも手伝いが出来るから、きっと期待を裏切るような真似はしない。私はほっと胸を撫で下ろした。
「それでね、相良さん」
 苦笑を含んだ男子クラス代表。この切り出し方には聞き覚えがある。
 何度も、何度も使われてきた手口。
「動画、作ってくれないかな?」
「……はい?」
 言葉が理解できない。確かに今、一年四組の文化祭でのクラスの出し物はクイズに決まったはずだ。どうして動画など作る必要があるのだろうか。
「動画、とは?」
「本当に話し聞いてなかったんだね……」
 教壇に立つ二人が同時に溜息を吐いた。女子の方がやれやれといった感じで私に説明をした。
「クイズ、って言っても、その場で出すわけじゃないの。ビデオカメラで校内を回って、その、土曜日にやってる、スーパーなんとか君がゲットできる番組みたいな感じで問題を出したいの」
 私は土曜日にやっているスーパーなんとか君がゲットできる番組を知らなかったが、大体のことは理解が出来た。つまりは映像を使って実際にその場に行き、問題を出していくのだろう。
 そこまで説明すると、男子の方にバトンタッチした。
「相良さん、確かパソコン得意だったよね?」
「得意って言っても、人並みに出来るだけだよ」
「ただ映像に字幕をつけてくれるだけでいいんだ、お願い!」
 そう言われても、と私はその願いを断る気でいた。
 第一夏期講習で時間がない。頼まれたことは全て引き受け、万全な状態で渡したい。知識がないようなことをお願いされても、うまく応られる自信がないから引き受けることが出来ない。それはつまり、周りの期待を下げてしまうことになる。
「それに、弟さんもパソコン得意だって聞いたから、兄弟で協力して」
 前言撤回。
「やります」
 ほぼ勢いでそう言っていた。断言してしまったからには、もう後には戻れない。
「私には動画編集の知識はないけど、それでもいいなら」
 おお、と期待の声が私の耳元に届く。
『動画編集 相良澪』
 黒板に力強く書かれた文字に不安を覚えながら、私は、一年四組の動画編集担当になった。


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