勝負姉弟11


* * *

 そして、文化祭当日。
 呼び込む声が校内に轟き、それに影響されたかのように人の波が押し寄せる。窓の向こうで流れている未だに慣れない光景に、クラス中が唖然としていた。私もその内の一人であった。
 空気には不安と期待が入り混じっていて、まるで入学式のようであった。自然とざわつき始めた教室に、パンパンと手の音が響く。注目の的が窓の外から二人のクラス代表に移る。
「皆、まずは文化祭初日。怖気づいてないで頑張っていこう!」
「大丈夫、司会も呼び込みも、やれることはやってきた。失敗なんて恐れないで、頑張ろうよ」
 いつの間にか数十人の円陣が出来上がっていて、二人が空いたスペースに入り込む。
「それじゃあ、思いっきり楽しもう!」
 腹から出された声で、クラスに漂っていた不安の空気は何処かへと消え去った。



 二日間という期間は、あまりにも短すぎた。
 呼び込みや他の出し物にも遊びに行っていたら、いつの間にか時間が経ってしまっていた。結果発表の時は、刻一刻と近づいてきていて、そして今さっき発表を終えた。
 総合順位の結果は、優勝の二文字は例年通り、と大会にも出場している演劇部の手に輝いた。私達のクラスは一年生ながら十位以内に食い込んでいて、学年ではトップとなった。
 学年優勝で呼ばれた時は鳥肌が立ったし、時間を削って動画を作ってよかったと心の底から思った。そして何より、投票の際に書かれた感想が、今までの苦労を無駄にしなかった。
『文字が見やすくてよかったです』『クイズは難しかったけど、映像が面白くて純粋に楽しめた』『来年また再挑戦したい』『楽しかった』『映像よかった』
 クラスメイトからも絶賛された。期待はしていたけど、それ以上だったという声が一番多かった。
 期待を裏切らなくて済んだ、とはちょっとだけ思った。今まで期待の大きさで動いてきていたから、この感情は少し不思議に思った。いつの間にか、そんなことは気にしなくなったのだろう。一体いつからだろうか。
 後夜祭でほとんどの生徒は体育館に残った。だが、私にはまだやるべきことがあった。
 正門に見える人影。私が一番感想を聞きたかった人物。
「――優」
 耳からはイヤホンが覗いていたが、気配でこちらに気付いたらしい。携帯に注いでいた目線をこちらへ向ける。
「あれ、姉ちゃん。どうしたの」
「あんたが呼んだんでしょ」
「嘘だ、姉ちゃんがここで待ってろって言ったじゃん」
 イヤホンを無理やりポケットの中へ突っ込み、体ごとこちらへ向けた。
「それで、どうしたの?」
「……映像、感想」
 仲が悪かった時のように、つっけんどんな言い方になってしまった。それはきっと、誰の感想よりも楽しみにしていたから。
 なかなか答えようとしない優に対して、言葉を続けた。
「私、あんたにはお客さんとして見て欲しかったの。弟としてでも、先生としてでもなく、お客さんの目から、この映像はどうか聞きたかったの。だから、完成したところでは見せなかった。だって、そこで見ちゃったら贔屓しちゃうかもしれないから――」
「俺、投票用紙は姉ちゃんのクラスに入れたよ」
 本当、と窺うと、本当、と答えた。
「出し物は見れるところ全部見たけど、やっぱり姉ちゃんのクラスが一番面白かった。ちゃんと勉強してここ来たいとか思ったもん。姉ちゃんのクラスの人達が学校を心の底から楽しんでるのが伝わって……学校って、いいなって思った」
 映像は。無声音でそう尋ねると、優しい顔でこちらを見た。
「よかったよ。映像で皆の思いをちゃんと伝えられてた」
 一番聞きたかった答えを聞けて、私は外であるにも関わらず、膝から崩れ落ちてしまった。
 支えに入った弟に体重を預けると、口が勝手に思いを告げ始める。
「……私ね、正直言うとね、不登校になったあんたが羨ましかったの。周りの期待とか目を気にすることなく、好きなことを好きなだけやることが出来ると思ってたから。
 私正直言うとね、期待に応えられなかったら皆に見捨てられると思って、何でもかんでも人の言いなりになってたの。『相良さんならやってくれるよね』『相良さんなら大丈夫』そう思われていることが色んな所から伝わってきて。今回の動画も、あんたが声をかけてくれるまで期待に応えられなかったらどうしようとか、そんなことばっか考えてた。
でもね、あんたの話聞いたら、別に折れてもいいんだなって思ったの。辛いと思ったら止めればいいし、無理なことは無理って言っていいんだなって。それに気付かなかったら、私もあんたと同じことになってたなって」
 いつか期待という名の圧力に押しつぶされて、外に出ることを一生拒んで。楽な生活に押し流されて、好きなこともまともに出来ないで。
「……俺、そんなすごいこと言ってないよ」
「私にはすごいことだったの。初めて、期待から解放されたような、そんな気がした」
 ありがとう。
 聞きたいことも聞けて、言いたいことも言えた。支えをやんわりと押し退け、後夜祭に戻ろうと別れを告げる。
「俺だって、姉ちゃんには救われたんだぜ」
 俺の話しも聞けよ、と言わんばかりに、支えていた手で私の両腕を掴んだ。私はそれを拒まず、彼の方向にくるりと体を向けた。
「俺な、高校、そこそこいい学校行くことにしたんだ」
 予想は出来ていた告白に、敢えて私は何もツッコまない。優はそのまま言葉を続けた。
「最初はエンカレッジスクールとか通信制の高校でもいいと思ったんだ。動画作成のこともあるしね。だけど、やっぱり環境って大事なんだよ。俺が今行きたい大学は公立の美術大学だから『国公立行きたい』って思っている人が多くないと」
「動画はどうするの?」
「受験に向けてということで、今募集の数を減らしてる。高校入ったら、出来るだけ引き受けるけど、数は増やさないと思う」
「あんたはそれでいいの?」
「好きなことを出来る時間が減っちゃうのは、勿論嫌だよ。でもその好きなことを本格的に学ぶために学校行くんだから、仕方がない」
 それまでに動画への熱が冷めてたら嫌だけど、と優は苦笑した。専門的な大学に行くとまで言ったのだから、きっとその熱は冷めないだろう。
 告白を終えた後、ほぼ同時に息を吐いた。
「姉ちゃん、ちょっと聞いてもいい?」
「手短によろしく」
「姉ちゃんは、どうしてそんなに数が好きなの?」
 初めて投げつけられた疑問に、私はいくらか悩む時間を所望した。さっき優に対して時間の制限を求めたのに、彼は快く許してくれた。
 頭の中で整理をしながら、私はぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「数って、嘘を吐かないのよ。途中で計算を間違えたとしても、ちゃんと確認したら間違いだって教えてくれるし。だから私は安心して数を信じることが出来る。数が出してくれた成績を受け入れられる」
 だけどね。
 私は、今までの自分を否定する。
「確かに数は嘘を吐かない、だからってその人の人生を表してるわけじゃない」
「……というのは?」
「数でその人は判断されるかもしれない。けど、勝ち組とか負け組とか、そんなことは決まらない」
 今まで、数値で人生の勝敗が決まっていると思っていた。
 高い数値なら勝ち組、低い数値なら負け組。その基準に則って、私は自分を勝ち組、弟を負け組に分類した。それが正しいと信じきっていたし、それが普通なんだと思い込んでいた。
 でも、それは私の勝手な考えだった。
「人生楽しめたら、もう勝ち組なのよ。楽しめないことをぐちぐち何かの所為にして、自分で変えることを放棄したらそいつは負け組」
「じゃあ、周りの期待の所為にして学校に行かなかった俺は負け組?」
 不安そうな顔でこちらを見ている弟に、私は精一杯の笑顔を向けた。
「夢を見つけていなかった頃のあんたは負け組、けど、夢を見つけて頑張ったあんたは勝ち組だと思うよ」



 私は所謂、勝ち組と呼ばれる部類の高校生だ。
 私は周りの期待には全て応え、優等生と称えられる。私は私を誇らしく思うし、多くの生徒は私を憧れの的にする。いつも人に囲まれ、寂しいとは感じたことがない。
 だから、私は勝ち組だ。――それは本当だろうか。

 周りの期待に全て応えたら勝ち組なのだろうか。
 優等生と称えられたら勝ち組なのだろうか。
 多くの生徒の憧れの的にされたら勝ち組なのだろうか。
 いつも人に囲まれ、寂しいと感じなければ勝ち組なのだろうか。

 好きなものを楽しんで、夢に向かって走ることが出来る。
 周りから逃げずに、きちんと立ち向かっていく。
 そういう人が、勝ち組と呼ばれるのではないか。

 だから私は撤回する。私が憧れていたのは負け組の生き方ではなく、勝ち組の生き方だ。
 周りからの圧力から逃げていたとしても、それでもちゃんと立ち上がろうとした。夢に向かって走ろうとしていた。

「姉ちゃん、先行っちゃうよ?」

 弟が纏った新品の制服の輝きを少し羨ましく思いながら、今行くと伝える。

「――人生、楽しんだモン勝ちよね」

 数の羅列に終われる日々は、どうやら終わりそうにない。



- 11 -
[▲prev] | [▼next]




Back / TOP
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -