勝負姉弟10


* * *

 猛暑を迎えそうな今年の夏、私達姉弟は動画と勉強に終われることになった。
「んなああああああああああああああああああああああああああ!?」
 耳栓をしていたのにも関わらず、私は両手で耳の穴を塞いだ。声の主は、パソコンの前で固まっている。
「ちょっと、窓開けてるんだから近所さんにも迷惑でしょーが!」
「……姉ちゃん、プラグインいじった!?」
「ぷ、ぷらぐいん……?」
 聞いたことがない単語が耳に入って頭がくらっとした。くらっとしたのは夏の暑さの所為か弟の熱さの所為か。
「ソフトを動かす歯車みたいなもんだよ! その様子じゃいじってないね……」
「分からないものはいじらないから、私の所為じゃないわよ」
「ああ、エンコードが出来ないとか死活問題だ……一から取り込み直しとかその時間でいくつ動画が作れると思ってんだ……ああ!? スクリプトも消えてる!? 何だよ反抗期かよ機嫌直してくれよおおおおおお」
 また訳の分からない横文字を並べられ頭の痛さが倍増した。それに加えて大きい声を出すのだから余計に響く。私は涼しいリビングで勉強することを諦め、風通りの悪い自室にいそいそと戻った。

「んなああああああああああああああああああああああああああ!?」
 きっと暑さで頭がやられてしまったらしい。私は周りの目も気にせずパソコンを目の前に奇声を上げた。
「姉ちゃんうるさい、勉強できない集中させて」
「だって今まで頑張ってきたのにファイルが……ファイルがあ……」
 動画作成のために、ソフトがある弟のユーザーページにお邪魔しているわけだが、弟のファイルと間違えないようにわざわざ「姉」ファイルを作ってもらってそこにファイルを保存していた。
「というか録画したビデオも無くなってる……酷い……」
「あー、ゴミ箱とか探してみれば? 最近いじってないから、もしかしたらあるかもしれないよ」
 滲んできた視界でゴミ箱を探し、ダブルクリック。開かれたウィンドウに、「姉」フォルダは無かった。
「いやああああああああああああああああああああああああああ!!」
「姉ちゃん落ち着け、ちょっとそこ替わって!」
 完全に思考を停止させた私を押しのけ、手早い作業で何かをしていた。思考を停止させていたので、何を行っていたのかは全く分からなかった。
「ほら、あったよ!」
 肩を揺らされてようやく自我を取り戻す。目に飛び込んできた「姉」の文字に心の底からほっとした。
「よかったぁ……」
「この前プラグインをダウンロードしてた時に間違えて移動させちゃってたみたい、悪い」
「あんたの所為かい!」
 夏の暑さでイライラは増殖したが、特製カキ氷を作ってもらうことと分からない作業を教えてもらうことで何とか妥協した。

「――……うし、完成ッ!」
「エンコードが完了しました」の文字が表示された時、私と優は両手を取り合って飛び跳ねていた。
「長かった、ここまでの道のりがすごく長かった!」
「つーか姉ちゃん効率悪すぎ、普通これ位だったら一日あったら終わるのに何で一ヶ月もかけてるのさ!」
「あんたの基準と一緒にしないでよ! よっし、今日はご馳走ね頼んだ!」
「俺が作るのかよ!」
 長かったような、短かったような四十日の間で、私達の仲は幼かった頃のように良くなった。両親は私までパソコンに嵌まってしまったのかと最初はおろおろしていたが、そうではないと分かるとほっとした様子で私達のやり取りを見ていた。二人の表情は、心なしか微笑んでいたように見えた。
「たこ焼きね、でっかいたこが入ったたこ焼き!」
「こんな蒸し暑い中で鉄板と向き合えってか!? その前に家にはたこ焼き機など無い!」
「じゃあお好み焼き! 広島風ね!」
「どっちも鉄板だし粉もんにこだわるな!」
「えー……じゃあ冷麺でいいよ冷麺で」
「常識的に考えてありえないのに、どうしてそんな顔をするんだよ……」
「とりあえず見てみるか」と優は再生ウィンドウに手を伸ばす。だが寸前の所で制した。不満そうな顔で見てくる優に、私は一言告げる。
「見たければうちの高校まで来なさい?」
「別にいいじゃん、手伝ったお礼とかで」
「いいから。こんな所で見て欲しくないの」
 説明不足、と顔全体で訴えてきたいたが、私はウィンドウを消してパソコンをシャットダウンさせた。


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