勝負姉弟09


「そんなわけで、動画講座を始めたいと思います」
 まだらな拍手を送ると、優の顔は不機嫌になった。
「やる気あるの?」
「あるよ、あるから勉強もしないでここに来てるわけで」
「そうだよなー、俺は姉ちゃんの弟じゃないもんなー、汚点だもんなー」
「あああああれは言葉の綾と言うか売り言葉に買い言葉というか」
「絶対本音だったよね?」
「すいませんでした……以後気をつけます」
 昨日の事だったのに、もう遠い昔のようなことに思える。そんな昔の悪口を謝って、本題に入った。
「さて、早速質問ですが、どんな動画を作るんですか?」
「録画した映像に字幕を付けるんだと思われます」
「字幕って、映画の字幕?」
「いや、映画じゃなくてクイズの字幕というか……」
「ああ、なんとなく分かった。派手? 地味?」
「出来れば映像を目立たせたいかな」
「了解。それじゃあ講座を始めます」
 そう言ってスリープ状態だったパソコンを起こさせ、複数のウィンドウを開いた。
「今回は俺がいつも使っている動画編集ソフトを使いたいと思います」
「それはフリーソフト?」
「有料ソフトとか買えるわけがないじゃん、そこまで母さんと父さんに迷惑かけられないから。そういえば姉ちゃん、使う映像は?」
「夏休み中に撮影するって言ってた」
「じゃあ代理で違うのを使おうか」
 まずは基礎の説明から、と何やら手早い作業で白い円を出現させた。
「待って早い!」
「ああ、こっからか……」
 優は呆れた顔で溜め息を吐いた後、業とらしく咳払いをする。
「クイズの字幕を付けるという事で、テキストと図形が必須という前提で話を進めようと思います」
 まずはこちらにお座りください、と私をパソコンの前に座らせた。マウスは相変わらず握ったままだったが。
「テキストと図形はメディアオブジェクトというところに入っています。メディアオブジェクトは右クリックで出せるので、右クリックをしてください」
「マウスはあなたの手の中にあるんですけど」
「おっとごめんうっかりしてた、はいどうぞ」
 マウスを滑らせて、私の手の中に納まる。私は指示通りに右クリックをしてメディアオブジェクトを選んだ。
「えっと、図形とテキストだっけ?」
「そうそう。図形は四角形で色は白、テキストの色は黒ね」
 慣れない手つきだったが、私はどうにかして白い四角形と黒いテキストを出した。
「テキスト出てないよ?」
「ああ、その入力欄に適当に文字打ち込んでみて」
 特に何もなかったので、「A」とだけ入力してみた。
「……何も起きないよ?」
「ああ、背景設定してなかったね。図形を出して、緑の背景にして」
「何で緑……まあいっか」
 私は指示通り緑の背景を出した。すると、画面は全て緑色になってしまった。
「……先生、どういうことでしょうか」
「ごめんなさい、それも説明しなきゃだったね……」
「あんた、人に物教えるの苦手でしょ?」
「勉強するのと教えるのは違うから……」
 言い訳はしたものの、優は頑張って私に教えようとしてくれた。
「えっと、そのウィンドウの左側に、『レイヤー』っていうのが表示されてるよね?」
 優がどのウィンドウのことを差しているかは分からなかったが、目を凝らして「レイヤー」と書かれているウィンドウを探した。そしてようやく見つけることが出来ると、彼は話を続けた。
「レイヤーの隣に『01』とか『02』とか書いてあるだろ? その数字が大きくなればなるほど、前に表示されるから」
「……じゃあ、背景を『レイヤー01』図形を『レイヤー02』テキストを『レイヤー03』に置けばいいの?」
「さすが、飲み込みは早いね」
 私はその通りに配置を変え、再び画面を見た。
「あ、ちゃんと表示されてる。でも文字が変な場所にあるよ?」
「それは表示の仕方が違うからなんだよな……とりあえず、『左揃え』にはなってる?」
「えと……うん、なってるよ」
「じゃあ、座標の説明をしようか」
「座標!?」
 動画作りって数学だったのかと驚いている間にも、説明は続いていた。
「座標、って言った方が分かりやすいと思って言っただけなんだけどね。上のほうにX、Y、Zっていうのがあるの分かる?」
「なんかそれっぽいわね……あ、見つけた」
「それでオブジェクトの配置場所を決めるんだ。Xは左右、Yは上下、Zは前後っていった感じかな。今回は平面だから、Zは使いません」
「うわあ、数学だね! 楽しい!」
「テンション上がるところそこなのが姉ちゃんらしいというか。Xの数値を負の数にすれば左に、正の数にすれば右に行くよ」
 試しに私はテキストの数値を「X:50」にした。するとAの文字は先程より右側に移動した
「おお、本当だ。Yは負なら下、正なら上っていうこと?」
「そういうこと。とりあえず、Aを画面の真ん中に置いてみて」
 私は何度も何度も微調整を加え、Aを画面の真ん中に配置することに成功した。まずこれだけで以外と疲れる。
「あんたよくこんな作業続けられるね……」
「慣れれば簡単だよ。俺も最初は何日もかけたしね」
「次はどうすればいい?」
「ああ、右クリックでメディアオブジェクトのグループ制御っていうのを出して」
「また難しそうなものが……」
「一個の籠として考えれば簡単だよ。テキストと図形を一つずつ下に下ろして、グループ制御をレイヤー02に置いて。対象の数値は2にしてね」
「だから指示早い! こっち初心者なんだよ!?」
 文句を垂れつつ、なんとか追いつこうとキーボードで数値を入力する。どうにか指示通りに打つことが出来た。
「そしたら、グループ制御で場所を変更してみて。XとかYの使い方は変わらないから」
 ぽちぽちと数値を変更すると、図形とテキストが同時に指定した座標へと移動した。そんな些細なことに小さな感動を覚えてしまった。
 そんな私を見て、優は少し誇らしげだった。
「二つ以上の物体を同じ座標に配置するときは、各々に同じ数値を打ち込むより、籠に入れちゃって移動させるほうが楽だよ」
「これはすごいね、動画内でもこんなこと出来るんだ」
「俺はいつもお世話になってるね。楽だし」
「ねえ、折角だし、再生してみてもいい?」
「どうぞ、これが再生ウィンドウ」
 私は気体に胸を膨らませながら、再生ボタンをクリックした。
 しかし、再生された映像は変化がなく、ただ緑の背景に白の四角形、Aと書かれた文字しかなかった。
「映像になってないよ?」
「だって、変化とか付けてないからな」
「じゃあ先に言ってよ!」
「言おうと思ったら、姉ちゃん再生したいって言ったじゃん。ちゃんと教えますよ」
「この先生、適当だ……」
「教えて欲しくないならいいよ?」
 文句を垂れつつも、自分ではやり方が全くと言っていいほど分からないので、素直に説明を頼んだ。仲直りはしたものの、どうして今姉弟という関係が崩れかけようとしているのだろうか。上から目線の弟が本当に気に入らない。
 優はそんなことはお構い無しに説明を続けた。
「じゃあ十秒の動画を作ろうか。レイヤーが表示されているウィンドウの上の方に、数字が書いてあるでしょ?」
「この細かく書かれてるの?」
「そうそう、それが時間。オブジェクトの長さでどのくらいの時間表示するかは変えられる。背景の終了点を『00:00:10.00』に合わせてみて」
「終了点って、オブジェクトの右端のこと?」
「それ。ちなみに左端は開始点、間にも点を打てることが出来て、それは中間点って言ってる。中間点の説明は後でね」
 マウスポインタをオブジェクトの右端に合わせると矢印が現れた。何度か見たことがある、画像の大きさなどを変えることが出来る矢印だ。右端をクリックしたまま、指定された時間まで伸ばす。
「うん、それでオッケー。それじゃあ今度は四角形の表示時間を二秒からスタート、八秒でストップ。テキストは四秒スタートの六秒ストップにしてみて」
「開始点をスタートする時間に合わせればいいのね?」
「分かってるならほら、さっさとやる」
 相変わらずの目線に多少苛立ちを覚え始めた。何でこんな奴に頼まなければならなくなったのだろう。遡ると結局自分の所為になったので、頭を動画へと集中させた。
「これでいいの?」
「うん。再生ボタン押してみ」
 先程が先程だったので、期待は半減していた。空いた分は心配で埋まって、私は恐る恐るボタンをクリックした。
 まず緑が表示され、次に白い四角形が表示される。間髪を入れずにAが表示されたがすぐに消えてしまい、後を追うかのように四角形も姿を消した。
 動画としてはまだまだなのだろう。けれど明らかに変化が付いているのが分かって声にならない感動が喉から生まれそうだった。
「――――――すごい!」
「こんなもんで感動してもらっちゃ困るよ、まだまだ先があるんだから」
 自分の世界を褒めてもらっているかのように、優は分かりやすく喜んでいた。きっと周りに自分の趣味を話すことが出来ないのだろう。だから、教える立場とはいえ好きなことを話せているのだ。目線はあまり気に入らなかったが、生き生きとしている弟を見て、喉に出掛かっていたいくつかの文句を飲み込んだ。

 その後、「フェード」や「ワイプ」といった聞きなれない横文字の説明をされ、その日の動画講座は終了した。
 私がパソコンから離れたと同時に、優は今まで私が座っていた所を陣取っていた。話を聞くと、動画依頼が後を絶たないらしい。
「夏休み中は学校の宿題があるから、今のうちに済ませておかないと」
 学校の宿題、優の口から飛び出た単語に思わず口元が緩んだ。九月の始め頃には、また制服姿の弟を見ることが出来るだろう。
 長々と見つめていると、人の顔見てニヤニヤしないでくれないと一蹴された。


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