短 | ナノ






ジャン・ルイージ・オルシーニ


「うん、美味しい。」
「本当?」
「嘘なんかつかないよ。」
「嬉しい!千景ありがとう。」

 恋をしている女性は可愛いものだ。基準が相手がどう思うか、その一つに沿って服化粧髪型言動振る舞いエトセトラを今までと全て変えて、その時に持てる力を全て使い、相手の行動言動に一喜一憂する姿もまた可愛らしいものだ。
 そんな事を思いながら、ニコレッタの作ったドルチェを食べる。ああ彼女は料理だけじゃなくドルチェを作る腕前も素晴らしい。



 ジャッポーネでは女性が男性に親愛の情を込めて捧げるのだそうよ。


 2月に入り、相手のいる者達は二週間後のサン・ヴァレンティーノを考え浮足立ち、街の至るところにはハートの形をしたチョコレートやBaciのついた薔薇のミニブーケが飾られ、この日にあわせて新たにデザインされたカードやカフェバールではカプチーノを頼めばココアでハートが描かれ、シングルにはどことなく外出しづらい雰囲気が出されていた。
 そんな街の様子を横目に、毎年の事だけれど気分が重いわ、と呟いたニコレッタにふと先日雑誌で得た情報を告げた。

「気分が重いのなら参加したら?」
「でも…なんかちょっと、恥ずかしいじゃない」
「あら、今更? それに、そんなアプローチはここじゃ珍しいわ、とてもいい効果を与えてくれるんじゃない?」
「千景…」
「テオに聞いてみなさいな。なんだかんだで面倒見てくれるわよ」

 そうして到着した仕事場で、ニコレッタが出勤してきたテオにドルチェの作り方を懇願したのはつい先日の事。
 やだよ面倒くさい なんて言っていたテオも、フリオやヴィートにまでニコレッタに教えてあげてほしいと言われ、オーナーの許可もとり、その日から店を閉めた後にドルチェ教室が始まるのだった。試作?それは勿論、作った本人であるニコレッタとジジ。それと、妙なことを教えたからという理由で、私も加わり三人で消費した。

 テオのチェックにもOKを貰い、オレンジ色の箱にトリュフを一つづついれて、深い茶色のリボンで封をする。着替えて来る!パタパタと更衣室へと向かうニコレッタに笑みを浮かべた。

「ニコレッタ、うまくいくといいですねぇ。」
「これで渡さなかったら俺が渡してやる。」
「ふん、くだらん。」
「とか言って、クラウディオを引き止めたのはルチアーノじゃないですか。」
「…素直じゃない」

 気恥ずかしいのか視線を逸らすルチアーノを皆で笑っていると、更衣室からこちらにむかって足音が聞こえてくる。

「じゃあ行ってくる!」
「ほらニコレッタ、あまり走ると崩れてしまうわ。髪も乱れちゃう。 はい。それじゃあね、良いヴァレンティーノを。」
「ありがとう千景!皆も!」

 乱れた髪を直してあげると、走らずにでも急ぎ足でクラウディオの下へと向かうニコレッタを皆で見送った。

「さ、折角少し早めに閉めてくれたのだもの。ヴィートとフリオも早く帰りなさいな。皆も。」
「えぇ、ではお言葉に甘えて。」
「あ、でもまだ片付けが終わって…」
「私がやっておくわ。」
「おー。じゃ、よろしくな。」

 さ、行った行ったとフリオの背中を押して厨房から追い出す。そこからはヴィートに任せて、更衣室へと連れていってもらう。しばらくして私服に着替えた皆は厨房へと顔をだし、別れの挨拶をして帰宅の路を歩みはじめた。最後まで気にしていたフリオは、明日の賄いに好きなものを作ってくれと喜んで、と笑顔になって帰っていった。





パタン

カチャリ、

 片付けも終わり、私服へと着替え裏口から外へと出る。
 寒さにマフラーへと顔を埋め路地を出れば、恋人や夫婦が仲良く体を寄せ合って歩いている姿が広がった。その中を一人歩く己に苦笑を浮かべ、アパートメントに戻ろうと歩みを進めた。

* * *


 もう間もなく家につく。
 目印でもあり、行きつけであるカフェテリアの看板が見えてきた。外においてあるテーブル席にはこの寒いのに恋人達が一組、もう一組の席は待ち合わせをしている最中なのかそれとも席を外しているだけか、一人だけが腰をかけている姿が見えた。
 このまま家に帰るのもつまらない、少しだけ寄って行こうかと考えながら店に近づく。すると、名前を呼ばれる。

「千景」
「…驚いた。どうしたのジジ、こんな所で。」

 一人しか座っていない場所には先ほど別れ、既に家に帰っていると思っていた同僚が一人座っていた。
 確かジジの家は反対方向だったはず、なのになんでここにいるのだろうか。席に座るよう促され、そのままジジの反対側へと腰を下ろして尋ねる。

「誰かと待ち合わせ?」
「いや…千景を待っていた。」
「私?」

 なにかあった?と聞けば、私にむかって長細い紙袋を差し出す。中を見ても?こくり。了承をとって、紙袋からそれをだす。
 中から出てきたのは一つのワインボトル。それと小さなカード。かじかんだ手でカードを開き、中にかかれたメッセージに思わず目を見張る。ちらりとジジを見ればこちらを見ていたジジと目があう。

「……ねぇ、それまだ中に入ってるの?」
「いや、もう飲み終わる」
「そう。なら、」

 一緒にワイン飲まない?
 ワインを軽く持ち上げてジジに聞けば頷いて、マグを持ち店の中に入りすぐに戻ってきたジジの隣に立ち、いつもより少し狭まった彼との隙間に気づいては頬が緩むだのだった。



Per il mio Tesoro prezioso.
(僕の大切な宝物の君へ。)



―――――
テオにするか最後まで悩んでジジに。
季節外れにもほどがある。

(2013.04.16)

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