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 そこから、この追いかけっこは始まった。
 捕まったら、文字通りおしまい。待ち受ける未来は、先程の光景に自分が加わっているという形で。

(いやいやマジで、勘弁っ!)

 俺はただ、時計塔で魔術を学べていれたら、それで良かったのに。

 義理の兄であり、時計塔の講師であるケイネス・エルメロイ・アーチボルト先生と姉であるソラウに乞われて、先生の代わりに聖杯戦争とかいうよくわからないものに参加をさせられて、冬木の地を踏んでからというもの。倉庫でスナイパーに狙われ、同級には感動とは言えない再会を果たし、別日には自身を王という名乗る者に追い掛けられるし。嗚呼、平凡な日常が恋しい。

(やべ…は、も、限界、かも。)

「っ、あは…よーやく、捕まってくれる?」

 呼吸が苦しい。足が回らない。
 ゆっくりと減速していく俺にかかる声に返す音はなく、くるりと周り身体を相手へと向ける。距離にして一メートル。薄汚れたナイフもよく見える。

(こんな事で呼ぶまいと思っていたのに。)

 いつの間にか川の近くまで足を進めていたようで、水面には青白く光る月が映っていた。時間が時間だからか川のせせらぎと、自分達の吐息だけが聴覚を支配する。

 一般人(とは言いづらいが)に此方側のものを見せるのはご法度だし、くだらないことで彼の事を呼びたくはなかった。だが俺がもしここで死ぬようなことがあれば、彼が義兄に言った、聖杯を必ず持ち帰る。その誓いを果たすことができなくなってしまう。

(っ、来い、ランサー!)

 強く強く、願い呼ぶは自身の剣。ランサーの称号の元に現れるのは最高の敏捷性と高い白兵戦能力を持つ、槍兵の英霊。
 金色の粒子が集まり、それはやがて人の形を成す。褐色の肌に飴色の瞳。引き締まった身体を持つ美丈夫は赤と黄の二本槍を手に現れた。

「主!ご無事ですか?」
「な、なんとか…
 
「…あれ?ねえねえねえ、お兄さんも俺と同じ人?」
「は?」
「だって何も無いところから出てくるなんて、まるで旦那みたいじゃん!」

 俺を背に庇ってランサーと対峙する男は、いきなり現れたランサーに驚くことはなく、それどころかまるで関係者のような言葉を吐いた。
 同じ人、これは俺にかけた言葉だろう。だが、彼からは魔力なんてほとんとわ感じられない。旦那が誰を指しているかはわからないが、"みたい"という事はそいつもランサーと同じように姿を消したりができるわけで。ランサーは人の形をとってはいるが、解りやすくいえば実体可能な幽霊みたいなものだ。そんな人はどこにでもいないだろう。という事はつまり、

「な、なぁ…お前、変な傷みたいなのもってる?」
「傷?んー…あ、これ?」

 顔を引き攣らせながら尋ねれば、男は下ろしていた手をあげ、手の甲をこちらへと見せる。月明かりの下に見えるのは、自身の手の甲に刻まれるものと同じ色をした、三角の刻印。ペイントかも、なんてあんな発言を聞いた今は到底思えるわけもなくて。

 そう、つまりこの目の前の男は聖杯戦争の参加者なのだ。



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