庭先では草木に隠れて鈴虫らが愛を詠っている。命の限りに叫ぶその想いは果たしてどれほど報われているのだろうか。

「昼は蝉が、夜は鈴虫が。夏ってのは情熱的な季節だね」

月の満ちる夜に月見酒でもと誘ったのはこの本丸では付き合いの長い燭台切だった。厨の番をよく務める者の特権なのだろう、こっそりくすねてきたのだという冷や酒を彼は悪戯っこのような笑みの隣で揺らしてみせた。離れの縁側まで手を引かれ用意されたお猪口でちびりちびりと口を湿らせる。夏とはいえ日の沈みきった夜は風が冷たく、喉を通る酒の熱さが心地いい。煌々と照らす月の美しさも相俟って今宵は早くに酔ってしまいそうだった。

「そうだね、きっとみんな必死なんだよ」

彼は草の茂る方を横目に見て、すぐに月へと視線を逸らした。あの草木の向こうではきっと壮絶な命のやりとりが繰り広げられている。気を抜く間もないほど生と死が混濁していて夜明けを迎えることすら不確かだ。こうして誰かと言葉を交わして月見酒に舌を打つことなど、出来もしないだろう。ただ愛を叫ぶことしか。それだけしかする暇はない。

「こんなに熱烈なラブソングを聴きながら呑気に月見酒だなんて、わたしたちって幸せ者なんだよね」
「…ああ、そうだね。そうなんだろうね、きっと」

月に照らされた黄金色の瞳がゆらゆらと揺らめいた。暗闇の中で朧気に、不確かに煌めくそれがまるで蛍のようだった。

「寒くはないかい?」
「…少し、寒いかも」
「そう。じゃあほら、こっちへおいで」

愛を詠う虫たちの傍らでわたしは朧に灯る蛍と肩を寄せ合った。それも或いは幸せなのだと、喉元まで込み上げた想いはお猪口に浮かんだ月で呷った。





「 恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす 」


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