「よう、起きたか?あと5分でそっち着くから」

執拗に鳴り響く着信音に起こされ寝ぼけた耳にそんな言葉を叩きつけられたのはまだ朝の6時を回っていない頃だった。は?だか、え?だか言葉にもならない声は一方的に途切れた通話に拾ってはもらえず、送話部を空しく滑り落ちる。つっぱねられた疑問符を茫然と見下ろしていると知らず5分が経過していたらしく、先程の宣言通りにインターホンが鳴り響いた。そこで漸く我に返ったわたしは弾かれるように玄関へと向かった。

「今日わたし休みなんだけど」
「じゃなきゃ来ねーだろ」

扉を開けた先に壁のように突っ立った巨体が寝起きでぐだぐだのわたしを怪訝そうに見つめている。どうぞなんて言うまでもなく無遠慮にズカズカと上がり込んだヤツは、その足で冷蔵庫の前まで来るとやけに多い荷物を置いてやっぱりなと深い息を吐いた。

「お前な、冷蔵庫はビールの貯蔵庫じゃねーんだぞ」
「他にも入ってるし」
「つまみと調味料だろ」

呆れ果てたようすで再度息を吐いたヤツは顔でも洗ってこいとわたしを追い払った。しっしっ、と虫でも払うような素振りにここはわたしの家だと喚いたがまったく相手にされなかったのでおとなしく洗面台へと足を向けることにした。

「わたし朝は食べないんだけど」
「うるせー。向こうで天気予報でも見てろ」

顔も気分もさっぱりとさせてリビングに戻るとエプロンを纏った巨漢が台所を占拠していた。小気味良い包丁のステップに手元を覗けばそこには切り分けられた瑞々しい野菜たちが並んでいる。大荷物の正体はこれだったのかと、そこで漸く気付く。

「天気予報?なんでまた」

ちょうど良い位置にあったエプロンの結び目を弄びながら聞けば、ヤツは然も以前から決まっていたことのように「出掛ける」とだけ言った。今日は昼過ぎまでゆっくりと寝ているつもりだったわたしは当然外出する予定なんて知らなくて、たった今初めて聞かされたことに素っ頓狂な声をあげた。至って自然な反応だろう。だからああしてうるさそうに顔を顰められる道理もないはずだ。

「でかけるって、どこに…」
「ま、行ってからのお楽しみだな」
「なにそれ」

着いて来りゃわかると何か企んでいそうな笑みを浮かべたヤツにわたしはそっと息を吐き出した。
いつもそうだ。昔から何をするにも唐突で強引で、それで大抵はわたしの為だった。疲れてたり落ち込んでたり、もう誰とも関わらず引きこもっていたいときほどよく連れ出されてはあれこれ考える気力もなくなるほどにクタクタにさせられた。だから今日もまた疲れ果ててしまうのかと思うと少しだけげんなりした。

「迅くんってエスパーなの?」
「あ?」
「んーん、なんでも」

ガタイの良い腰元に抱きついて顔を埋める。意外にもよく似合うくまのワッペンが付いたエプロンからはパンのやさしい香りがする。なんだか無性にくすぐったいような気持ちになって、埋めた顔をぐりぐりと押し付けた。

「おら、オメーも手伝えよ」
「いま忙しい」
「あとにしろ甘ったれ」

まだ切られていない食パンやフランスパンをサンドイッチ用にスライスしながら足蹴にされて、仕方なく隣に並んだ。
出先でどんなにおなかが空いても平気なように好きなものを好きなだけ挟み込んでやろう。きっと隣のヤツに負けないくらいゴツいサンドイッチが出来るだろう。いつもはなんともないお腹がぐぅ、とぐずるからスライストマトを一枚摘まんだ。


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