社会人×大学生



ふと何もかもに疲れることがある。何故、どうして、わたしばかり。そんなこと言ったってどうしようもないし何をどう考えたところで嫌なことはしなきゃならない。
周りの子たちはみんな時間も気にせず自由に遊んで、ショッピングに行ったり外食したり、カラオケオールなんてして、毎日楽しいキャンパスライフを過ごしてる。でもわたしにはそんな暇ないもの。講義が終わったらすぐに帰ってスーパーへ買い物に行って、ご飯の用意をして、溜まった洗濯物片付けて、アイロンかけて、お風呂を沸かして。大忙し。わたしだってみんなと遊びたい。ショッピングしたい。話題のスイーツ店にも行きたい。まだ遊びたい盛りなんだもん。
なんで毎日こんなことやってるんだろう、なんて、手元にある畳みかけの洗濯物に理不尽な八つ当たりをした。

「ただいま」

バラエティー番組を睨み付けていると玄関先で物音がした。いつものこと。今日は少し早い。機嫌の悪いわたしは玄関から聞こえたそれになにも返さない。

「あーはらへったぁ。今日飯なに?」

慌ただしく靴を脱いでドシドシと足早にこちらへ向かってくる音。一も二もなくまずご飯なのか。そんなに急がなくったってご飯は逃げない。

「いい匂い、味噌汁だな!」

それなのに、リビングのドアを開け放つ先にある顔はご飯を待ちわびた腹ペコの子どもみたいにきらきらしていて、その眩しさに胸がくすぐったくなる。いい年した大人が、まるで学校帰りの小学生だ。

「温めるから手洗ってきて」
「うん」

途端に放り捨てられる鞄と背広。火を気にしながらそれらを拾ってハンガーに掛ける。シワになったら誰がきれいにすると思ってるの?ご飯は逃げないったら。

「んんー、空きっ腹に染みるなぁ」

机に並べた食事を前に彼は適当な合掌をして当たり前のように頬張っている。それを作るために今日もわたしは、遊びにも行かずがんばったのに。

「うん、うん、うまい、おかわり」

ほら、おかわりだって当然あると思ってる。なによ、あるわよ、するってわかってるもの。がんばってたくさん作ってるよ。

「うちに帰ってこの飯食えると思うとさ、早く帰んなきゃって仕事猛スピードで片しちまうからよく上司に誉められんだ」

賑やかなテレビ番組を見ながら他愛もない会話。満腹になった彼はソファでのんびりくつろぎ、わたしはひとり休む間もなく食器を洗う。

「ああ、誉められたと言えば、いつもスーツがピシッとしてて格好いいって言われたよ」

そうだろうとも。君が恥をかかないよう小まめにシワと消臭のお手入れをしてるんだ。

「毎日手作り弁当だし、お前はほんといい嫁もらったなーって、みんなに言われんだ」

洗い物を済ませ乾燥機のスイッチを入れてようやく一段落。どしどしと足音を立てて彼の座るソファへと向かう。

「そうでしょうとも、そうでしょうとも」
「オレも熟そう思うよ」
「感謝するといい」
「めちゃくちゃしてる、明日はハンバーグが食いたい」

ふざけるな、ハンバーグだと。作るのどれだけ大変だと思ってるんだ。そう内心毒づいたって、その一方では冷蔵庫の中身を頭上に浮かべて買い物の算段をして、明日には作ってるんだ。付け合わせはポテトサラダとミネストローネでいいかなぁ。

何もかもに疲れることがある。どうしてわたしだけ。わたしばっかり。どうにも嫌気が差してもう全て放棄したくなるけれど、わたしは結局毎日それらをこなしてる。報われないのに。

「たくさん作って待ってるから、おなかペコペコにしといてね」

なんて、うそ。ほんとうはこれ以上ないってくらい報われてるんだ。大好きな人がこうして誉めてくれて、笑顔で私のもとに帰ってきてくれて。こんなに幸せなことってない。じゃなきゃ今ごろとっくに投げ出してる。

彼のお嫁さんになることを決めたのは紛れもなく私なんだ。
たまに愚痴は言っちゃうし、遊びにだって行きたいけれど。私という家族の為に働いてくれる彼のため、私の作るご飯をおいしいとたくさん食べてくれる彼のため、明日も明後日も、きっとわたしは「いいお嫁さん」の誇りと、このあたたかな幸福の為に奮闘するのだ。


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