犬も食わない


「喉乾いた、ジュースでも買ってこよっかな」
「あ、ついでに私のも頼む」
「人件費としてわたしの分も請求致す」
「あーはいはい、いいから早く行ってこい」

三郎と三郎がいつもちょっかいを掛ける女子をぼんやりと見つめる。この二人は基本的に喧嘩腰な会話をしている。まあ大方三郎がああやって不遜な態度をとっているから彼女が苛ついているんだろうけど、それにしても二人を見る度いつも不思議に思う。

「あれ、三郎。彼女行っちゃったけど」
「なんだ雷蔵、お前も頼むものがあったのか?」
「いや、僕はいいんだけど。三郎、彼女になに飲みたいか言ってないだろ」

僕の言葉に三郎は特になんでもないようにああ、そういえばと言葉を返す。

「言ってあげないと彼女困ってるんじゃ…」
「そうだな、私は今サイダーが飲みたい」
「ここで言ってどうするんだよ…」
「ただいまー」

そうこうしている間に彼女が戻ってきた。ああ、これでサイダーじゃなかったらまた三郎は彼女にねちねちと文句を垂れるんじゃなかろうか。ひとりひやひやと二人の行く末を見守る中、彼女が事も無げにボトルを三郎に差し出した。

「ほい」
「ああ、さんきゅ」

そして三郎もまた事も無げにそれを受け取ると彼女に賃金を手渡す。三郎が受け取ったボトルの中身は先程言っていた通りにサイダーで。そしてその一連の流れに無感動なふたり。そう、何が不思議って、ふたりのこの尋常じゃない意志の疎通具合だ。今に始まったことではないがあんまりにも当たり前のようにふたりは平然としているからむしろ驚く僕がおかしいみたいだ。なんなんだこのふたりは。これはまるで

「熟年夫婦みたいだよねー」

自分の脳内に被さって背後から声がした。びっくりして振り向けばどこかからかうような笑みを浮かべる馴染みの顔がいつの間にか立っていた。

「か、勘右衛門」
「ふたりってほんと仲良いもんなぁ。ね、雷蔵もそう思わない?」

同意を求められ僕は気まずさに勘右衛門と三郎たちを交互に見返した。勘右衛門の言葉にふたりがあからさまに怒りを沸々と沸かしているからだ。

「誰と、誰が、熟年夫婦だって…?」
「聞き捨てならないね、尾浜くん。どういう意図を持ってしてそんな馬鹿みたいなことを言ってるのかな?」

目だけが笑っていない満面の笑みで冷え冷えとした声を放つふたり。けれど肝が据わってるのか天然なのか冷笑を向けられた勘右衛門は構わず更なる追い討ちをふたりに与える。

「だってさ、今のもそうだけどふたりって基本あれとかそれだけで全部が成立してるじゃん」
「す、するわけないだろ」
「そうよ。してないわよ」
「今朝だって三郎が「おい、あれ貸してくれ」だけでヘアピン渡してたのに?」
「そ、それは鉢屋の髪が鬱陶しそうだったから」
「昨日は「なあ、昨日のあれ観た?」だけでドラマの話してたのに?」
「そ、それは」
「その前は「今度あそこ行こうぜ」で、さらにその前はー…」
「…」
「…」

勘右衛門の怒濤の口撃についにふたりは俯き押し黙った。それでも未だ過去の記憶を捻出しようと顎に手を添え宙を見上げている勘右衛門。僕が勘右衛門を止めるべきか。でも面倒そうだからあんまり口を挟みたくないし、でも、

「私は…」
「うん?」

いつもの癖で悩んでいたら僕が止めるより先に三郎が口を開いた。そこでようやく思考をこちらに戻した勘右衛門が顔をきょとんとさせて三郎へと視線を向ける。

「私は間違ってもこいつだけはよ、嫁になんかしないぞ…!」

ぐわっと勢いよく顔をあげた三郎は僕そっくりに仕立てたそれを真っ赤に染め上げていた。一見すると怒り故に逆上せているようにも見える。が、長年連れ添ってきた僕にはそうじゃないと、迷うことなく断言できた。

「はあ!?わたしだって鉢屋なんてお断りだね!」
「っなんだと!お前なんかが選り好み出来ると思うなよ!」
「あんたこそその性格ブスを受け入れてくれるような仏女子がそうそういると思わないことね!」
「だ、れ、が、性、格、ブ、ス、だ、っ、て、!?」
「なによ、やるか!?」
「やらいでか!!」

とうとうお互いの頬を抓って半ば取っ組み合いを始めたふたりに、避難してきた勘右衛門がふたりを見ながら面白そうに耳打ちしてきた。

「三郎があんなに取り乱すなんてめずらしー」
「勘右衛門、あんまりからかわないでやってくれよ…」
「あは、だって雷蔵のこと以外で必死になってる三郎初めてだからおかしくってさ」

くつくつとふたりにバレないよう肩を揺らす勘右衛門にやれやれとため息を漏らした。確かにあまり自分のペースを崩さない三郎があの飄々とした化けの皮を剥がすなんて滅多にないことだけど。

「だからこそ僕はあのふたりに幸せになってほしいから、あんまり邪魔しちゃ怒るからね、勘右衛門」
「わかってるって。それに、おれが見る限りあのふたりならそう心配はいらないと思うよ」

未だにらみ合いを続けるふたりに再度視線を送りへらりと笑った勘右衛門は予鈴が鳴ったことでそのまま去っていった。
勘右衛門が去ったあと、僕も倣ってふたりを見つめる。

「いったーい!女性の顔になんてことすんの!傷跡残ってそれこそ貰い手なくなったら一生付きまとって無理矢理面倒みてもらうからね!」
「ふ、ふん!お前なんか傷がなくたって誰も貰っちゃくれないだろうからな!むしろ傷でも入って私に責任とらせた方が都合がいいかもな!」
「んだとー!」

ああ、確かに、勘右衛門の言う通りこのふたりなら大丈夫そうだな。頭に響く痴話喧嘩を聞きながら、僕は知らず苦笑を浮かべた。



思ったより長くなってしまいました…ww
最初は黒バスの青峰くんで考えていた案なのですが人にからかわれて取り乱すならちょいおばかっぽいキャラより下手に頭よくてスカした奴をわたわたさせたいと思いまして、そしたらいつの間にか鉢屋くんになってました。どうもわたしは鉢屋くんを翻弄したいようです。尾浜さんがとても出張りましたが愛故です。でも口調が未だ掴めない…。彼を書いてる方本当に尊敬します…。
それにしても尾浜さん、結局何しに来たんや。

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