たまごサンドウィッチ


わたしが幼い頃からずっと続いている小さな小さなパン屋さん。そこを通る度に工房からはパンのいい香りが漂っていて、いつも誘惑されていた。時々母に連れられてパンを買いに行けば、わたしは決まってチョココロネをせがむ。甘いクリームがたっぷりつまったそれはひとくち頬張ればたちまち幸せになれて。たまにカスタードに浮気なんかして、でもどちらも大好きだった。それからたまごのサンドウィッチ。そこのパン屋はほんのりマスタードが利いた大人の味をしていてまだ幼かったわたしはほんとうは少し苦手だった。でも「まあ、それおいしいの?名前ちゃんはおとなねぇ」なんて言われたから、わたしはその気になっておいしいおいしいと見栄を張っていた。

久しぶりに実家に帰ってきた。都会の喧騒からかけ離れた田舎は、以前にはなかった寂しさを感じさせた。それでもやはり、その閑散とした空気はすんなりと体に馴染む。
いつ以来かに訪れたパン屋は相変わらず小さくて、扉を開けた瞬間立ち込めるパンのいい香りも、間接照明に光るおいしそうなパンたちも、なにも変わっていなかった。まるでこの場所だけ時間が止まっているみたいだ。今でも鮮明に覚えているあのチョココロネとサンドウィッチのある陳列場所さえ、記憶と同じで。わたしはそれらをそっとトングで挟みトレーの上に丁寧に置いた。コロネなんてカスタード味も一緒に買った。それから昔は見向きもしなかったパンも買ったりして、ああ、なんて贅沢だろう。昔のわたしが見たらどれほど羨ましがるのだろう。
レジに並ぶとこれまた記憶に残る姿。ああでも、少し、シワが増えている。パン屋のご夫婦はわたしには気付かず人の良い笑顔をくれると店を出るまで見送ってくれた。

昔よく遊んだ公園に腰を下ろした。平日のお昼だからか、人はいない。わたしは早速買ったばかりのパンを取り出した。チョココロネは昔と変わらない。口の中いっぱいにあまいクリームが広がって、都会暮らしで色んな美味しいものを食べたはずなのにそのどれよりも特別な味がした。カスタードも頬張って、ああ、なんて至福。思わず子どものように足がばたついた。買ったものはあっという間になくなって、あとは、あのサンドウィッチ。苦手なくせに精いっぱい背伸びをした、淡い記憶。ふかふかの食パンに挟まるやさしい黄色をしげしげと眺めて、ぱくりとひとくち食べた。
ゆっくりと咀嚼を繰り返すと、たまごの甘みとマスタードのほのかな刺激が相俟って、とても、おいしかった。そう、とてもおいしかったのだ。懐かしい味は変わらないはずなのにあの頃とは違っていた。おいしい。わたし、大人になったんだなあ。なんてしみじみ思えば、何故だか目の奥がじんわりと温かくなった。古びた小さなパン屋さん。変わらない香り、変わらない内装、少し年老いたご夫婦、苦手から好きになったサンドウィッチ。それからぜんぶ欲張って買ったわたし。変わるもの、変わらないもの、そのどちらも共存していた。変わるものは、うれしいものだった。変化は悪いことじゃない。それに気付けてよかった。それまでどこか胸の奥で張り詰めていたものがほどけていく気がして、やさしい気持ちでいっぱいになる。残り一口になったサンドウィッチを口いっぱいに放り込めば、マスタードがつんとして、わたしは誰もいない公園で子どものように泣きじゃくった。



郷愁の思いとマリッジブルー的なものをテーマに書きたかったのにわけわからんくなった(^q^)そしてキャラが出せなかったので没であります…無念。
幼少以来訪れてない場所って久々に行くとすごく胸いっぱいになりますよね。

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