「なあ、今日が何の日か覚えてるか?」

長屋の廊下に腰かけて夜涼みをしていたときだった。のんびりとくつろぐ隣の男がどことなく物憂い声でそう言った。わたしが静かに首を振ると彼ははしっこが少し欠けた間抜けな月を指差して僅かばかりに語気を強めた。

「私は覚えてるぞ。あの欠けた月のかたちも星の瞬きも夜風の涼しさも、虫のなく声も草木のにおいも、みんなみんなしっかりと覚えてる。何故だかわかる?」

指差した先を見つめたまま、彼はからりと笑う。

「だっておまえが死んだ日だもの」

そう言って掲げていた腕をだらりとおろした彼は笑ったまま寂しそうに目を細めた。わたしはそっと、彼の肩に寄り添う。

「私、おまえが肩に寄り添うときの重みが好きだったんだ。柔らかい髪が首筋をくすぐってくるのが好きだった。生ぬるい体温が心地よくて好きだった」
「小平太、」
「忘れられないよ。まあ、忘れたくもないんだけどさ」

手もとにあった酒を煽った彼はもう随分と酔っているようだ。たっぷりと中身の詰まっていたはずの瓢はほとんど空のようだった。飲みすぎては体に毒よ、そう手を差し伸べようとした、その時。不意にはっと誰かが息を呑む音がした。振り向けばそこにはいつもの無表情を崩し驚いたような顔をした級友が立ちすくんでいた。

「ん?なんだ長次か。おまえも一緒に呑まないか?」
「…いや、私はいい。おまえもその辺にしておけ」
「だってさ、呑めば呑むほどあいつの姿が見える気がするんだ。幻だってわかってるけど」
「…小平太、」

酒に酔い虚ろになった眼でこちらを見た小平太に彼はまた目を見開いた。何かを言おうとする彼にわたしは唇にそっと人差し指を添えて微笑んでみせる。すると彼は眉を寄せるように目を細め、きゅっと結んだ唇を寂しげに歪めた。

「…それでも、傍にいたい、か」

相変わらずもそもそと話す声は、誰の耳に届くこともなく淡く霞み、溶けて、月の向こうへ消えた。



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