長閑な陽気が注ぐ昼下がり、ちょうど執務を済ませ気晴らしにと宛もなく城内を歩いていた名前の元に一人の兵士が慌てた様子で駆けてきた。三成様は、何処に。乱れた息で途切れがちに紡がれる言葉には焦りが滲んでいる。聞けば豊臣の軍師である半兵衛に三成を呼んでくるよう仰せつかったらしい。けれど肝心の探し人が見つからず今に至るまで城中を駆け回っていたのだそうだ。外へ出向いたようでもないし、一体、どこへ居られるのか。困り果て肩を落とす兵士に名前は視線をもち上げ思考を巡らす。ひとつだけ、思い当たる節があったのだ。けれどそれはあまり考えたくない宛だった。しばし腕を組み眉間に皺を集めながら悩んだ末、名前は仕方なく自分が代わりに行くことにした。もしもこの予想が当たっていたとして、一兵卒に行かせては可哀想だと思ったからだ。


「…三成様、やはりこちらに」

とある部屋に来たところで立ち止まった名前は僅かに開いた戸の奥に人影を見つけ、顔を顰めた。やはり、ここに居たのか。思うまま部屋の中にそう声を掛けると、その人物は特に気にすることもなく何だとだけ返した。

「半兵衛様がお呼びとの旨、三成様にお伝えしようと兵が探し回っておりました」
「それで何故貴様が来る」
「貴方様が未だこのような所へ足を運んでいるなどと、言えましょうか」

少しばかり棘を含めて部屋の中へと言葉を投げるも、返ってきたのはさして感情の籠ってない鼻を鳴らす音だけだった。

今は主を持たないこの部屋で三成はただ静かに座していた。瞳を閉じ、息を潜め、ただただじぃとしている。そうして想うはかつてのこの部屋の主、豊臣の将であり、唯一の友であった、その人なのか。広い部屋にぽつんと佇み石のように動かない男は、体だけをこの場へ置き去り心はかつての日々の幻想へと葬ってしまったかのようで、 そんなことを考えて名前はぞっと背筋を冷やした。

「三成様、三成様」
「ああ、わかっている」

妙に急いた気になった名前が焦れたように名を呼ぶと三成は緩慢な動作で漸く瞼を持ち上げた。澄んだ金緑の瞳が姿を現す。

「恐らく軍議に入るのだろう。半兵衛様をお待たせすることは許されない。行くぞ、遅れるな」

そう口早に残し早々と立ち去った三成に、けれど名前は追い掛けることも出来ず立ち竦んだまま拳をきつく握り締めた。
あの瞳は澄み渡り、一点の曇りもなく美しかった。淀みなく、穢れもなく。ではそこには何があったのであろう。ともすれば、もう、何も。

「あなたは、いずこへ在られるか」

閑散とした部屋に投げた言葉を拾う者はもういない。はらはらと空しく落ちていった己の声がこの場所の静けさをやけに際立たせる。名前は急に酷い耳鳴りに襲われた気がして、その抉るような痛みに頭を抱えた。



すべてを充たす幸いな世界よ
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