とある村でひとりの若い娘が死んだ。美しく気立ての良い、村の皆に愛されていた娘。生まれつき体は弱く病を患っていたから長くは生きられないと、そうだと知っていても娘を慕っていた者たちはその死を嘆かずにはいられなかった。
村人たちは娘を弔ってやることにした。別れは悲しいけれど、それが自分達のしてやれる最後のことだったから。
娘の亡骸の入った桶を皆で抱え墓地までの道を静やかに進む。その日は澄んだ青の広がるよく晴れた空模様だった。娘の為に涙を流す者、思い出を語らい偲ぶ者、その道のりは様々であれど一様に穏やかであった。
もう墓地に着こうかという頃、それまで娘の眠る桶を撫でていた母親はふと異変に気付く。桶がひとりでに震えているのだ。一体何が、そう思ったのと同時に急に辺りが暗くなる。空を見れば先程までの青空が嘘のようにどんよりと暗雲が重く立ち込め今にも雨を降らせそうにしていた。

「…返せ」

ぽつり、雲間から嫌な光がちらついてどこからともなく男の声が響く。返せ、返せ。次第に近付くそれは地を這うように低く、雷の呻きよりも遥かにおどろおどろしい。
不気味な声が近付くほど桶がその身を震わせる。まるで声の主に自分の居場所を知らせているかのようで、母親は堪らず桶を庇うよう抱き締めた。

「ああ、見つけたぞ…そこか、そこにいるんだな…!」

一際大きく響いた声は娘の眠る桶を目掛けて雷を轟かせた。強い閃光と熱風がうねりを上げて周囲にいた者を一斉に弾き飛ばす。吹き飛ばされ朦朧とする母親はそれでも娘を守ろうと桶の元へ痛む体を引き摺った。けれどそちらに目を向けたところで、母親は眼前に広がる光景に驚きのあまりその動きを止めた。

「貴様、よくも私との誓いを破ったな…私を裏切ったな…!」
「裏切ってなどいないわ。今日からは本当のほんとうにずっと一緒よ」

もうもうと紫炎が燃え盛るその中心、ふたつの影が寄り添っていた。すらりと長い影にしなだれ掛かる小さな影はまるで恋人にするそれに見える。そしてその小さな影は、死んだはずの娘のようにも。

「…そうだな、ずっと一緒だ。いつまでも、永劫に」
「迎えに来てくれてありがとう。ずうっと一緒よ、三成」

娘の穏やかな声が聞こえたのを最後に辺りはしんと静まり返った。母親はどうすることも出来ずただただ呆然とその場に居竦まる。気付けばしとしとと雨が降り、盛んに揺らいでいたはずの炎は忽然と、壊れた桶の中身と共に姿を消していた。



妖怪「火車」
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title よをう
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