色の授業、初めての夜伽。用意された部屋で相手を待つ。相手は知らない。知る必要もない。今もこれからも、自身が相手を選ぶことなどないのだから。
薄い布団の上で正座をしていた。初めて、なのだもの。緊張はしている。かすかな足音が障子の向こうから聞こえてくる。忍らしい、上級生の所作だ。わたしは目を閉じゆっくりと息を吸い込んだ。彼の人が、障子を開ける気配がした。
音もなく入ってきた其の人はわたしに姿を見せるより前にわたしの目に布を宛がった。驚いたけれど、抵抗はできなかった。目を覆う布越しの手があまりにも優しかったせいだ。
視界を奪われて暗闇に手をさ迷わせれば其の人はわたしの手を取りそのまま布団へと押し倒した。そして、そのあとはなすがままで、あっという間だった。

わたしはしばらくの間茫然としていた。なんとも呆気なかった。でも、わたしが動けないでいたのはそれだけじゃなくて。彼の人が着物の乱れを正しまた音もなく立ち去っていくのを気配で感じ取り、いなくなった頃に漸く布を外した。暗闇を剥ぎ取れば白んだ外の明かりで部屋はぼんやりとしていた。先程までいた誰かの気配がまだ残っていて、ひとりきりの侘しさをより縁取り際立たせる。結局彼の人は姿を晒さないままだった。わたしが目隠しを取ればもちろんそうはならなかったが、自らの手でそうすることはどうにも憚られたのだ。
一切の正体を明かそうとしなかった、わたしの初めてのひと。相手を知らない方が胸を苦しくさせずに済んだのだ。彼の人もきっとそう思っていたに違いない。けれど、多分、気付いていなかった。たった一度だけ小さく、ほんとうにちいさく声を出したことを。切なくて悲しくて辛抱ならないと言うように溜め息の如く吐き出したあの言葉を。

夜は終わり、明るい日常が戻ってくれば辺りは賑やかになった。わたしはいつも通りに過ごす。少しだけぼんやりしてしまうけれど、いつも通りに、いつも通りに。けれど目を閉じれば色んな音がした。それらに混じって一際響く声。わたしの耳はいつの間にかその豪快な大声ばかりを拾っていた。楽しげなそれに心がじわりじわりと黒い染みを広げる。
半端な優しさならばいっそひどくしてほしかった。わたしの目を塞ぎ何もかもを隠そうとするのならば、あの時、あんな言葉を言わないでほしかった。この先忍として生きていく為に誰にも心を囚われまいと無理矢理閉じ込めてきたわたしの努力全てが、あのたった一瞬のうちに水の泡にされてしまったのだ。そうしてわたしばかりがこんなにも苦しんで、彼の人はといえば何もなかったかのように笑顔で辺りを駆け回っているのだ。こんなに恨めしいことがあろうか。自分ばかりが一方的に何もかも終わらせたみたいにして、そんなのって、ずるい。

気付けばわたしは彼のもとへ駆けていた。こちらを見るよりも前に後ろからその目を塞ぐ。ぱちぱちと目を瞬かせているのだろう、睫毛があたってくすぐったい。

「すきよ、すき。ずっとすきだったの」

はっと、彼は息を呑んだ。それから奥歯を噛み締めるのが手のひらから伝わってくる。

「ひどい人。わたしの心も体も拐っておいて、想いだけは置き去りにするの?」

黙ったまま固く拳を握りしめる彼は今、何を思っているのだろうか。強い力のせいで白んでいく拳に、わたしはようやっと気が済んで冗談っぽく笑ってみせた。

「なんちゃって。いたずら成功ね」
「…待っ、」
「振り向かないで。わたしが消えるまで、そのまま」

その言葉におとなしくなった彼から手を離し一度だけ頑なな拳に触れた。目を閉じ、この手に愛されたのだと、胸に深く刻んだ。

「それじゃあ、さようなら」

手を離し踵を返す。歩き出せば後ろで彼の人がどさりと座り込むのがわかった。けれど振り返ることはしなかった。
後悔をしていればいい。すべてを隠し通せなかった己の不甲斐なさを。握りしめたその拳の痛みを、ずっと忘れなければいい。そうして、立派な男に、忍になってくれればいい。

それならば、昨夜のわたしも報われるでしょう。





花言葉は「真実の愛」「私を忘れないで」
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