みょうじなまえと名乗ったその女は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「鬼兵隊が帰ってきたぞ!」

 辰馬をぶん殴ったあと、つまみ食いでもしてやろうかと廊下を歩いていると誰かがそう言ったのが聞こえた。が、いつもとはどうも様子が違う。

「おい、どうした」
「銀時さん! 鬼兵隊がひでェ怪我で……俺は女連中呼んできます!」

 台所まで駆けていくそいつを呼びとめればそう返答が来たので、俺は慌てて反対方向に向かった。怪我人を運ぶついでに高杉に小言でも言ってやろうと思ったが、生憎アイツは大した傷ではなかったようで、嬉しいようなそうでないような複雑な気分。
 敵さんには辛くも勝利したらしいがこちらの手負いは相当で、俺も手伝うかと思った時、廊下に女は立っていた。

「こりゃ酷い……ありったけ焼酎持っといで!」

 今にも泣き出しそうな顔で、襖の奥をじっと見たまま、ぎゅっと自分の手を握りしめていた。

「おい、」
「さ、坂田さん」
「焼酎あっち、ほら行くぞ」

 咄嗟に体が動いて無理矢理手を掴んで引っ張ると、女の足は素直に動いた。血の気の少なそうな、白くて、冷たい手。顔は白というよりは真っ青に近くて、さっき俺の傷を見て包帯を巻いていた顔とはえらい違いだった。
 まァ、無理もないかもしれない。
 捕まってたんならこんな血なまぐさい場面は見なかったのかもしれないし、もしかしたら記憶をなくしたきっかけとかかもしれない。とにかく、気持ちのいいモンではないし、けして見慣れたくはない光景だ。

「酒はここ。持てるだけ持て」
「あ…………、はい」

 心ここに在らず、って感じで女はぼうっとしたまま焼酎の入った瓶を持つ。台所に来るまで一言も喋らなかった口がやっと開いたと思ったが、他の奴等が次々にこっちに向かってくる足音に気付いてまた口を閉ざしてしまった。

「おら、もたもたすんな。行くぞ」

 今度は返事も無かったが、大人しく俺の後をついてきた。
 それからはあっという間で、女は言った事はすぐに飲み込んでテキパキと動いていた。動きすぎというか、まるで機械のようにも見えたが。俺が見た泣きそうな顔はどこへやらだったが、何となく、このまま見過ごしてはいけない気がして、結局俺がアレコレ指示して手伝わせた。

「鬼兵隊は当分安静にしなければな、高杉」
「うるせえヅラ。俺ァいつでも動ける」
「何言ってんだ包帯まみれだろチビ杉」
「もっぺん言ってみろ腐れ天パ」

 負傷した全員の手当が一通り終わった頃、口の減らない高杉とメンチの切り合いをしていたところで、ヅラが口を開いた。

「そういえばみょうじ殿はどうした? 銀時と一緒に居たであろう」
「みょうじ? 誰だそいつは」
「銀時が先程拾ってきた女子でな、ここの手伝いをしてもらう事になったのだ」
「へェ……銀時が女をねェ……」
「おい! 誤解をうむだろ、誤解を!」

 事の経緯を説明したいのは山々だったが、ヅラの言う通り、確かにさっきまで近くに居たのに今はどこにも居なくなっていた。

「銀時が世話係みたいなものだ、探してこい」
「何で世話係だ。お前らも手伝え」
「俺ァそいつの顔も知らねェ。怪我人だしな」
「都合のいい時だけ怪我振りかざしやがって」

 仕方なしにその場を離れ、廊下の奥に向かう事にする。ここに来てからあの女が行ったところなんて、台所か最初に連れてった部屋くらいのモンだ。女はあっさり見つかった。

「……おい、大丈夫か」

 部屋の真ん中で敷きっぱなしの布団にちんまり座った女に声を掛けると、女はゆっくりと顔を上げ、俺を見て、……泣いた。


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