「みょうじ殿は手当の手際がいいな。もしかしたらそういうこともさせられていたかもしれんな……」

 させられていた、っていうか、看護師になるために学校通ってるんで。
 とは言えずに、ぐっとその言葉を飲み込んで坂田さんに包帯を巻いた。記憶喪失だがどうやら敵の捕虜だったらしい、という設定になったわたしは、思い出すまでは行く宛も無いだろうという理由と桂さんのご好意によって彼らと行動を共にすることになった。そして、戦争など当然したことの無い現代っ子のわたしは、それならせめて、と彼らの手伝いを申し出たのだ。

「そう……ですかね……」
「うむ。そういう人手なら、あって困ることは無いからな。戦地に赴かずともしょっちゅう怪我をしてくる奴も居るし」

 桂さんが視線を向けた先には、いつの間にかわたしと桂さんの横を離れた坂田さんと、彼とめちゃくちゃ言い合っているもう一人。

「辰馬ァ! テメーのせいでこちとら死にかけたんだぞ! 何が『もうこの辺りは安全じゃきワシの代わりに物資調達に行ってくれんかのう』だ! はっ倒すぞ!」
「まあまあ金時、皆大した怪我もなく無事だったんじゃ。それに別嬪を連れ帰って来よって、なかなか隅に置けんのう」
「俺は金時じゃねェし、好きで連れ帰ってる訳でもねェんだよ!」

 今にも大乱闘が始まりそうな勢いで、タツマ、と呼ばれた彼は、なんというか……多分そうだと思うのだけれど、ドラマでよく聞く方言を喋っている。
 ただ、わたしは記憶を失っているという設定なので、不用意に喋る訳にもいかず、あれこれと言葉を選びながら桂さんに問いかけた。

「桂さん、あの坂田さんとお話? している方は」
「ん? ああ、彼奴は坂本辰馬。最近ここに加わってな。武器の調達や交渉なんかをしてくれている」
「へえ……」

 タツマ。リョウマではない。……ここの人達のこと名前で呼ぶのやめよう。いつか誰かを間違える気がする。

「おーい、坂本、ちょっとこっちに来い」
「ん? 何ぜよヅラ……ぐふっ!」
「ヅラじゃない桂だ」
「何しゆう金時!」
「あーすっきりした」

 坂本さんのことも簡単に紹介してくれると言うので相槌を打つと、桂さんがこちらにと彼を手招きをした。
 すると坂本さんの視線が逸れたところで、坂田さんがめちゃくちゃ綺麗なボディーブローを決め込んで、すっきりした表情をしてどこか行ってしまった。お腹をさすりながら坂本さんがこちらに向かってくる。この人達、本当に戦争とかしてるのか? 元気すぎないか?

「こちら、銀時が拾ってきたみょうじ殿だ。記憶が無いが、どうやら敵の捕虜だったらしい」
「ほー……」
「あ、みょうじなまえです。暫く厄介になります」

 拾ってきた、と言われるのはちょっと違う気がして心外ではあるが、事実といえば事実なので大人しく名前を名乗った。

「ワシは坂本辰馬、みょうじなまえ……なまえちゃんじゃな」

 よろしくな、と差し出された右手に、特に躊躇うことなく自分の右手を差し出すと勢い良く両手で掴まれずい、と顔を近づけられた。

「こんな別嬪拾ってくるならワシが調達に行けばよかったのう、なまえちゃん、むさ苦しい戦場は捨ててワシと……ごふっ!」

 わたしが呆気にとられてぽかんとしているうちに、今度は桂さんのボディーブローが決まった。大丈夫かな、坂本さんのお腹。

「すまない。ここに居る女連中には皆同じ事をしているから気にしないでやってくれ」
「はあ……」

 痛い痛いと桂さんの横で悲痛な叫びがしている。めちゃくちゃボディーブロー決まりまくってるけどいいのかな。死なないのかなアレ。
 そもそも何となくこの人達が悪い人達ではない事を(不本意ながら)知っているし、正直なところ漫画に出てくるようなイケメンに顔を近づけられても別に悪い気はしないので、そこは一向に構わないのだが。

「馬鹿者! 言ったであろうみょうじ殿は敵の捕虜だったのだぞ! あんなことやこんなことをされてもしかしたら実は男に怯えているかもしれんだろう!」
「え、そうなの?」

 何をどう間違った方向へ進んだのか、わたしの捕虜としての扱いは桂さんの発想から尾びれ背びれが付きすぎて最早別の魚になってしまった。あんなことやこんなことってどんなことだ。
 捕虜でもないし何もされていないし、男性恐怖症とかも全く無いが、それを言う訳にもいかないので大人しくすることしか出来ない。そんなこと全く無いから、桂さんの話を真に受けてそんな悲しい顔をするのはやめてくれ坂本さん。

「すまんかったなまえちゃん……。じゃあまずはお友達からはじめ……おふっ!」
「貴様という奴は!」

 あーだこーだと二人が言い合うのを見ていたら、友達との言い合いとか喧嘩とか、そういうのを思い出してちょっとだけ泣きそうになってしまった。
 わたし、いつ帰れるんだろうな。


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