まずは状況を整理したかった。
「目立った傷はなさそうですね……」
「はあ……」
ひとつ、わたしはさっきまで友達と海で遊んでいたこと。ふたつ、足をつって溺れたこと。
「あ、でも擦り傷があちこちに」
みっつ、目が覚めたら着物を着ている女の人に介抱されていること。
「川に浮かんでたんだ、流されて石やら枝やらに擦れたんだろ」
よっつ、漫画やアニメで見たことのある顔が目の前にあること。
「手当している間は覗かないでください」
「覗いてねェよ、見てんの」
「……出てってください!」
ぴしゃり。勢い良く襖を閉められ、その男は女の人に追い出されてしまった。
わたしはさほどサブカルチャーに詳しくないけれど、クラスで話題にあがるドラマとか漫画とか、友達が面白いと言っていたアニメだとかはちらほらと見ていた記憶があった。ので、今の顔にも見覚えがある。
昔夕方にテレビでやっていて、そんなにたくさんは見てないけれど、日本の史実をベースにしためちゃくちゃコメディなアニメだったように思う。偉人に似た名前のキャラクターがたくさん出てきて、友達がテストで書き間違えそうになっていた気がする。さっき目の前にあった顔は、恐らくそのアニメで主人公だったキャラクターだ。
「貴女を助けたのはあの人、坂田さんなんですけど、……あまり気にしないでください。ああいう人なので」
やっぱり、坂田銀時であった。
「へ? ああ、いえ、大丈夫です……?」
落ち着かない頭でよく分からない返事をしながらぐるぐると考える。
海で溺れたと思って、助け出されたと思って、目を開けてみたら、昔見たことのある漫画の主人公に助け出されていた…………、そんな馬鹿な。コスプレ? 最近テレビで話題になっているバラエティー番組のドッキリか? とか考えたけれど、ぐるりと見渡してもカメラの一つも見当たらない。
それどころか、ここは完全に見慣れない和室。とても海辺とは思えないし、そもそも現代ともかけ離れている気さえする。まるで大河ドラマのセットみたいな、いやそれよりも随分とおんぼろなような……。
「あのう……」
「あ、は、はい!」
「一応、体を拭いて、余りの着物を着せたのですが」
挙動不審なわたしに向かって、目の前の着物の女性が遠慮がちに言った。……言われるまで、自分が着物を着させられたことも気付かなかった。
「あ、ありがとうございます……」
「洋服のような下着はどうしたらいいかわからず……すみません」
……洋服のような下着、水着のことか。
言われてみれば、たしかに水着は着たままだ。水着って乾いた状態でずっと着ていれば、ブラとかパンツとかとあんまり変わりないのかな。ていうかこの人、水着知らないのかな。ていうか、そもそも何でわたしはこんな所に居るんだ? ていうか、
「ここはどこですか……?」
きょとん、とした目で女性がわたしを見つめる。
「もしかして、だいぶ流されてしまったんでしょうか? ここは江戸からはかなり離れていて……村の名前を言ったら分かるかしら、」
分かる訳なかった。
「とりあえず、意識も戻ったことだし、桂さん……あ、ここの主人みたいな方です。呼んできますね」
女性はそう言って部屋を出ていく。畳の和室の真ん中に、マットレスでもなんでもない、ぺらぺらの布団と、わたし。
またしてもぐるぐると考える。見覚えのある顔、どことなく時代背景に通ずる気がする風景や着ているもの。江戸という単語、坂田さんや桂さんという名前。考えたくはないけれど、さっきからずうっと考えていたことがぽろりと零れて誰も居ない部屋にとけていった。
「…………………………ぎんたま?」
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