「おい! しっかりしろ! おい!」

 攘夷戦争の戦局は、各地で混迷を極めていた。
 幸いというべきか、いま俺の居るこの辺一帯は高杉やヅラ、あとは最近仲間に加わった坂本クソ野郎のお陰で比較的まともに過ごせるようになっていた。
 そんな中、突然の奇襲を受けた俺の班は、なんとか敵をやり過ごして逃げ果せ、やっと自分の陣営に戻ろうとしているところだった。
 ずぶ濡れの、一人の女を抱えて。

「辰馬ァ! ゴラァ! 殺すぞ!」
「なんだ銀時騒々しい」
「なんだじゃねえよヅラ。あのクソ野郎、この辺はもう安全だからつって物資調達に行ったらこのザマよ」
「な……おい! すぐに怪我人の手当だ、皆を呼べ!」

 ヅラが廊下の奥に向けて呼びかけると、ぞろぞろと仲間達が駆け付けて手負いの奴等を運んでいく。その中に辰馬の姿はなかった。アイツ、後で絶対ェぶん殴ってやる。

「そんなに焦る程の怪我人は居ねェよ」
「そうか、それなら何よりだが……銀時。その濡れた包みはなんだ」
「ああ、それがよォ……」

 物資を調達したつもりが、女を調達してきてしまった。そう伝えたら思い切り頭を叩かれた。

「何をしておる馬鹿者め」
「いっ……てーな! 俺だって好きで拾ってきた訳じゃねェよ!」

 時は少し前に遡る。
 奇襲を受けて漸く敵を振り切ったと思った頃、気がつくと川のそばに来ていた。恐らく、今拠点にしている辺りで、普段風呂替わりに水浴びをする川に通じているのだろう。遠くに見慣れた屋根が見えた。

「……何だありゃ、死体か?」

 その時、川の中をぷかぷかと漂う人間を見た。初めは自分の班の誰かがやられたのかと思ったが、どうにもそうではないらしい。何せ見てくれが女だった。自分の班に女は居ない。

「おい、誰か包めそうなモン持ってねェか。布切れでも風呂敷でも何でもいい」

 見て見ぬふりをするのも憚られて、女を引き上げて息を確認する。何回か頬を叩くと、ひとりでに水を吐き出して、ごほごほと咳き込んだ。
 下着のような、洋服のような、とにかく露出の多い女を、仲間が持ってきた布で包む。すると、女の目がほんの少しだけ開いた。

「…………あ、」
「おい、大丈夫かアンタ」
「……ん、うう…………」

 ぱたり。だらしなく女の腕が下がったが、息はかすかに聞こえる。これはまだ、助けられる証だ。

「おい! しっかりしろ! おい!」

 女を抱えてひたすら走る。どこの誰かも知らねェが、手前の腕の中で人間が死んでいくのを黙って見ていられるほど、俺の人間は出来ちゃいなかった。

「――そんな感じで持ってきたんだが、」
「それならそうと早く言え!」

 もう一回頭を叩かれた。コイツ、俺の頭叩きたいだけじゃね?
 事情を説明しに奥へと向かったヅラの後を追い、まだ水の滴る女を抱えて、この陣営に居る数少ない女達のところへ運んでいく。廊下がそこそこ濡れたが気にしない。あとで辰馬に拭かせてやる。

「………………え、……ぎん、?」

 濡れたままで寒かったせいか、突然腕の中で女がぶるりと身震いをした。どうやら意識を取り戻したらしい。そしてゆっくりと目を開けたと思ったら、なにか呟いて俺を見てそのまま固まってしまった。状況がイマイチ理解出来ていないのだろう、俺も裸同然の女が川に浮かんでいるのは初めて見たし。

「桂さんからお伺いしました。あとはこちらで」
「おう、よろしく頼む」

 女は完全に意識を取り戻したようだが、依然として固まった表情のままだ。その顔を見て、うちの陣営の女達より髪も肌も心なしか艶があるな、と変なことを考えた。


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